| +++ ZERO +++ 〜2〜 |
| 色んな偶然が重なり合って恐らく二度と会う事はないと思っていた相手との再会。 敵国デュルクハイムでほんの一言二言を交わし合った、ただ、それだけ。 それでも、その人に耐え難い興味を覚えた。 本当に、これほど立場というのが面倒なものであるかを思い知らされたことはない。 正直、滅多にないこんな時、双子(かたわれ)の兄を羨ましく思ってしまう。 こんな時は、己に架せられた名や称号が疎ましくて仕方がないのだ。 その為に要らない体裁を繕わねばならないから……。 そう惹かれた人は敵国のそれも一介の兵士に過ぎない。 反面、己が身には、ロイヤル・ガードという大層な役職が付いている。 だから、この和平協定が上手くいったとしても到底仲良くなれる、それどころか 再び知り合う事も不可能な相手だった。 それが何の因果か、今、羨ましいと思った兄とともに自分の目の前に立っている。 ……あの時より、随分とやつれただろうか。 元より細身のその人は抱きしめれば折れそうなほどまでに痩せてしまっていた。 そう、それは服の上からでも分かるほどにだ。 ただ、変わらないのは、琥珀の瞳に宿る強い光。 そしてこれも偶然なのか、それともいつもの兄の悪戯なのか……彼が同行人達を 連れ出してくれたので今は二人っきりで静かに向き合っている。 「久しぶりだな。君のことは憶えているよ。」 時の流れとしては、「久しぶり」というのは実に正しくない表現ではあるが、こ の短期間にお互い余りにも事がありすぎたのでその言葉は実にしっくりと来た。 「トロックメアで一度会っているな?」 お互いに忘れる事のできない出来事があった場所だ。 「あの時の君は、デュルクハイムの軍人だったはずだがどうしてイライザ殿と一 緒に?」 ノイエヴァール大陸唯一の民主国家・デュルクハイムの中で南端に位置しヴァル カニアとの国境にも近い港町「トロックメア」。 街の半分と港を海を干拓して作った不思議な地形の街。 そして、好戦的民主国家において唯一穏健派が集う街でもある。 そこでヴァルカニアと、現在大陸の最北にあるイグレジアスと交戦中のデュルク ハイムは「不可侵協定」制定の為にお互いの国の代表が集い会議を開くことになっ ていた。 それは結ばれるはずのない「協定」。 ただ、事を複雑にするきっかけを作るためだけの、茶番劇にすぎなかったのだった。 もちろん、それは後になって知ることになったのだが当時は嫌な思いをしたもの である。 上手く逃げおおせたものの、結局のところ見事、デュルクハイムの「罠」にはまっ たのだから。 否、それよりも…あの街の、暖かい人柄に深い傷をつけることになってしまった。 罠に嵌められた理由、それは心当たりのない事ではない。 協定を提案する前にヴァルカニアはデュルクハイム最大の国家機密である基地を 襲撃し、ルイン・チャイルドを強奪していたのであった。 さしも最大機密基地を罠に嵌められた上に襲撃されたとあっては、デュルクハイ ムとしても国の体面上、民主国家にありながらそれを国民には公表せず秘密裏に 処理したようである。 その証拠に、街の住人も最初はとても好意的に彼らを迎え入れてくれた。 歴史上、王制であるヴァルカニアと民主国家であるデュルクハイムはあまりいい 関係を保ってきたとはいえない仲である。 さらに土地が隣接しているだけになまじ色々と小競り合いは今でも頻繁にあると 言って良いくらいだ。 それを今更ながらの「不可侵協定」……。 それも、先に相手国を侵したヴァルカニアからの提案。 可笑しい限りではあるが、それもこういった動乱の時代にはよくある事である。 現在、ヴァルカニアはデュルクハイムとイグレジアスの戦争には関与せず、火の 粉が飛びかかりさえしなければ傍観者に徹していた。 その傍観者が何故か手を結ばざるとも、お互いを侵略するような真似はしないで おきましょうねと言い始めたのだ。 それも、言葉とは裏腹の事をやっていてもである。 もちろん、それは欲しいモノを手に入れてしまったから……でもあるし、いくら 好戦的でもさすがに大国であるヴァルカニアとは現状事を構えたくないデュルク ハイムにとっては渡りに船であると…そうヴァルカニアも思っていたに違いない。 しかし、世の中、そうそう単純には出来てはいない。 デュルクハイムには、彼らが考えている以上の野心家がいたのである。 ヴァルカニアはこれで何もなかったかのように事を丸く収めるはずが、その逆手 をとられたというわけだ。 そんな中、彼と知り合ったのはほんの一瞬。 干拓街でふと目についた……。 軍人というのは基本的に軍服を着用する事になっているのだが、彼らが私服にも かかわらずすぐにデュルクハイム側の軍人だと判ったのは、少し前に公会堂前で デュルクハイム軍少将と挨拶を交わした際に邪魔にならぬよう物陰にひっそりと 隠れていた彼らを視認している為である。 しかし、たった一介の兵士に何故これだけ記憶に残っているかというと、この大 陸中でもそうそういない使い魔をそれもドール型を連れている兵士なんて早々見 れられるものではなかったからだ。 使い魔というのは魔法生命体の一種でマスターの能力に応じて形・性格などが形 成される。 形は人型に近いほどマスターの能力が高いと一般的に言われているので彼の使い 魔がドール型ということは、それだけマスターである彼の能力が高いということ であった。 その使い魔は本当に愛らしく、黒いとんがり帽に黒い蝙蝠状の羽をはためかせな がらマスターにしっかりと寄り添っていた。 時折、彼の白くしなやかな指が上がると、嬉しそうにそれにじゃれついたり、彼 の耳元で何か囁くと彼もふわりと笑んでそれに応えている。 さらにこの使い魔は、形状だけではなくはっきりと意志を持ち、会話を出来るだ け程に能力が高いのである。 使い魔はマスターの分身。 これ程までに能力があるというのにただの一介の兵士とは……興味が湧いてくる。 「……面白いな。」 つい、男の口からこう漏れてしまったのも仕方がないということだ。 「使い魔を連れている兵は初めて見た。 一応、自己紹介しておこう。 私はアルフォンス・オーディネル。 明日行われる、会談の警護役として先にデュルクハイム入りさせてもらった。」 本当に気まぐれのように自分の方から名乗ってしまう。 普段ならさして偶然会った人間に対して己から名乗るという愚行は犯さないもの であるが、どうしてもこの目の前の青年に自分を焼き付けておきたかったのかも ……今になってみればそうであったのだろう。 それからとういものの、このトロックメアの街について色々話をした。 そう、本来であればたったそれだけの関係で終わっていたはずである。 しかし、それは壊されるはずがない干拓街の堤防が壊されたのと同じ意外性で、 今ここにその彼が立っている。 「さて、どこから話していいものやら……。」 と、琥珀の色を瞼の奥にそっとしばらく隠すと彼は要点だけを纏めて言葉少なに 語り始めた。 それにしても恐ろしく凄まじい内容を何か他人事のように簡潔に述べていく彼に、 頬杖をついて聞いていたアルフォンスの瞳がすぃ…と細まっていく。 それは結果的に自分達の行為が引き起こしたものだとはいえど、反吐が出そうに なるほどの嫌悪感が募っていった。 本当によく生きていてくれたものだ。 「……!」 ふと、一瞬過ぎったその感情の欠片に己の事ながら思わず驚愕してしまう。 そして、続く……苦笑。 この時程、双子という性を呪った事はなかったかもしれない。 ……そう、彼の事は……彼との出会いは偶然なんかじゃなかった。 ふと目に止ったのではない。 完全にこちらが偶然を装って出会ったのだ。 いつの頃からか何にでも執着というものをしなくなった兄……クリストファーが、 久しぶりに無邪気な笑顔を浮かべて嬉しそうに話しかけてきたことがあった。 最初はまたいつものどこぞかでひっかけた女性の話かと適当に聞き流していたのだが、 「しかし、男なんだよなぁ……。」 女だったら全霊を込めて落としたのに……と、彼は本気でがっくりと肩を落とし ている。 一瞬、気がふれたのか……と冗談にも思ってみたりもしたのだが、普通よりも濃 い血のつながりがそうではないと…本当に彼はその男に並々ならぬ興味を示して いると確信を持って伝えてきていた。 それも、クリストファーが言うには、街道でほんの一瞬、それも一方的に見かけ ただけだと言う。 言葉を交わしたわけでもない相手、それも兄が最も毛嫌いする「男」にこれほど 興味を示す存在。 見てみたい……と思った。 困ったことに一旦そう思い出すと血が沸き立つようにどうにもこうにも抑えられ ようにない。 こういう面は兄弟してよく似ている。 そんな自分に酷く狼狽しながらも、気取られぬよう細心の注意を払いながら兄か ら情報を引き出していき、あとは自分の立場を思う存分利用して彼の存在を追い 求めていった。 そして、あの地で……。 すぐに分かった。 兄が言っていたとおり、内に秘める相容れぬ矛盾が彼という存在を一段とひきた たせている。 ゆっくりと、まるで観光でもしているかのような何気なさを装いながら降りてく る彼らをただのデュルクハイムの軍人というにはあまりにも自然に周りに溶け過 ぎていた。 恐らく、人を見る目が非常に長け、常に全てを疑う事に慣れている人間でしか見 抜けない程にだ。 「……ヤバイな。」 少しずつ縮まる距離に比例して酷く心音が高鳴るのを感じる。 まるで徐々に心臓を掴まれているような圧迫感。 それは、今、目の前で相対していても変わらない。 しかし、それはさておきだ。 「イライザ殿のことなのだが……。」 アルフォンスは自分の声音を他人事みたいに聞いている感じに内心大きく肩を竦 めた。 確かにイライザは知己であり、自分の中ではそれなりに大切な存在に位置する人 物ではあるのだが今からしようとしている真の意は違うところにあると自負して いる罪悪感がそうさせたのであろう。 「どうだろう、断ってはくれまいか?」 これから彼らが行こうとしている、イグレジアス王国ファンデルシアは現状、敵 国デュルクハイムの支配下にある。 イライザはファンデルシアを統べる領主メイフィールド家の一人娘であり、見つ かれば良くて人質、悪ければ速攻に殺害されてしまうだろう。 今は幸いなことに、デュルクハイム側がマーキュレイ王国にあるメイフィールド 家の別荘に疎開していたイライザの存在に気がついていないから良いものの、そ のイライザがファンデルシアへ乗り込めば時経たずして知れてしまう事になるだ ろう。 そう、領民達が彼女の存在に良くも悪くも敏感に反応してしまう為である。 領主の娘が現れたとなれば、無論、デュルクハイム軍はその身柄の確保に乗り出 すのは必至。 そうすれば陥落したファンデルシアから戦闘経験なぞ全くない生粋のお嬢様を守 りながら、彼らたった3人で脱出出来る可能性はゼロに等しい。 そう、彼が、ロイヤル・ガードの一人、ミュンツァー卿をやりこめるだけの実力 を持っていたとしても……だ。 戦術・戦略において、やはり人数というものを侮ってはいけないのである。 ましてや、彼らはデュルクハイムの脱走兵だ。 それが彼らの望まぬ事であったとしても、例の一件の生き残りを黙ってデュルク ハイム軍が生かしておくはずがない。 見つかれば、確実に……待つのは「死」。 だからつい、その声に熱が隠ってしまう。 それは、ただ彼女を心から心配しているように一見聞こえはするが……アルフォ ンスの視線はただ一人だけをまっすぐに射抜いていた。 だが、彼はそれに軽く俯いてそのさらりとしたまっすぐな髪で表情を隠すと、 「俺に決定権はない。」 と、軽く肩を竦めて軽くかわしてしまう。 アルフォンスは彼が言ったその意を汲み損ねて眉宇を険しく顰めたのだが、彼は 既に話は終わったといわんばかりに背を向け扉へと歩いていっていた。 アルフォンスは小さくなっていくその背に諦めの吐息をつく。 それは、いつもいつも真実は何も言わず風のように彷徨い歩く半身である兄を見 送るそれに似ていたような…それよりももっと苦しい何かのような……。 でも、兄の時のように黙って見送る事は出来なかった。 何とかして、最後の希望を繋げたい。 「朝まで時間はある。休みながらゆっくり考えてくれ。」 そうギリギリのところで辿り着いたアルフォンスの言葉に、しかしというかやは りというか彼は振り向きもせず軽く手を挙げることで応えると、パタンと扉の向 こう側へと姿を消してしまったのだった。 無理な願いだとは十分に理解している。 それでも、彼らの生業を熟知していながらも、わざわざ死にに行くような事はさ せたくはなかった。 そう、絶対に……させてはならないのだ。 根拠のない確信が精神のみならず肉体まで支配していく。 しっかりと閉じられた無言の扉を睨みつけながら、館の主は心の奥に大きな楔が 打たれるのをどこかしら心地よく感じながらそっと息をついたのだった。 |
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