| +++ next door+++ 〜3〜 |
| 再び部屋には静観な時間が戻ってきた。 「休め…と言われてもねぇ。」 アルフォンスは男の残した言葉に困ったように笑みを浮かべる。 そんな事、ロイヤル・ガードになって以来、考えたこともなかったのだ。 ひたすら目の前にあるものを片付けていっていたような気がする。 自分は兄ほど器用ではない事は十分に理解していた。 まさか、彼があんな事を言うまでは…。 「さすが双子だな。クリフもオーディネル卿も生き方が不器用だ。」 その時は、 「…君に言われるとは心外だね。」 と、苦笑ってみたものの、逆にこう笑い返されてしまったのだった。 「返す言葉まで同じか。」 クスリと笑う彼があまりにも綺麗だったので、ついその本質を聞くのではなく僅かに上がっ た悪戯心のままにこう切り返してみた。 「その双子を相手に、君はどうして兄さんだけ名前で呼ぶのかな?」 そう言って、瞬時に後悔した。 波がひくように、その笑顔は消え、またいつもの表情に乏しい彼が怪訝な瞳で睨みすえて いる。 「ごめん、冗談だよ。」 慌てて両手を振って訂正するものの、彼はいまだ訝しげな態度を変えないでいた。 本当に後悔した。 お互い多忙を極める身であり、戦いの合間の僅かな時間でしか逢う事が出来ないでいるの にこんなくだらない嫉妬で彼を困らせるつもりはなかったのだ。 「…オーディネル卿……。」 だが、彼は搾り出すような声でこう問いかけてきた。 「名前で呼ばれたいのか?」 そのあまりのも確信を突き過ぎ…さらに突拍子も無い問いに、アルフォンスは思わずはぐ らかすという手段を永久に忘れてしまうところだった。 「そうだね。」 そう彼には予想だも出来なかった事をさも当たり前のように告白してみる。 「だって好きな人には誰でも名前で呼ばれたいだろう?」 きっと君は予想通りの反応で応えてくれるだろうけれど。 「…なっっ!?」 ほら、やっぱりね。 顔色はさほど変わらないのだけれど、あからさまに狼狽えた彼がいる。 「君はそうじゃないの?」 「俺は名前しか知らなかったから。」 分からないな…と彼は困ったように言葉を搾り出した。 ルイン・チャイルドとして恐らくどこかの遺跡で眠っていたであろう彼は覚醒の段階でフ レーネのように不手際があったのか、それとももっと別の要因でなのかは分からないが過 去の記憶を名前以外は一切失っていたようである。 残念な事にそれを知る者はもう誰一人として生き残ってはいないのだが。 「…ごめん。」 ほんの悪戯心で起した言葉が更なる後悔に繋がってしまう。 「何故、謝るんだ?」 これには、彼が不思議そうに彼が首を傾げる。 「…うん、そうだね。」 クレヴァニールにはアルフォンスの謝る理由が理解らない。 過去の記憶がなく、しかし、それをマイナスだとは考えてもいない彼にはアルフォンスの 罪悪感は理解出来なくて当然であった。 人には記憶にあっても触れたくない過去は山ほどある。 それに触れるという事は触れた者へ少なからず罪悪感を及ぼすものなのだ。 そして、それは失った記憶でも同じこと。 だが、彼は違う。 失ったものは仕方が無い。 無ければ、新しく作り上げて行けばいい。 それは、記憶を失って戸惑うフレーネを支えたそのもの。 「それより…。」 自己嫌悪にどっぷりと浸かってしまったアルフォンスの気など知らぬクレヴァニールはま るで作戦の打ち合わせでもしているかのような事務的な声でこう続けてきた。 「…オーディネル卿は俺に名前で呼ばれたいのか?」 そうして、話はこれで振りだしに戻った。 「ぜひ…ね。」 少なくとも兄は、クレヴァニールに特別な感情を動かしているのは明白である。 双子ゆえの隠せない感情の波。 あの女好きの兄だからこそ安心していた部分はあったのだが、これも双子という呪わしい 性であったのだろうか。 その兄は名前で呼ぶのに、何故、その弟である自分はいつまでも姓でしか呼ばれないので あろう。 理解ってはいる。 彼がアルフォンスだけを姓で呼ぶのは彼の傭兵としてのケジメ。 そして、自分の立場が今は互いが名前で呼び合える時期でないことくらいは、理解ってい るアルフォンスだった。 しかし、彼もひとりの人間であり、どんなに優れた人格をしていようとも、沸き起こる感 情の荒波に翻弄される時もある。 …そう、想う心は決して負けているはずがない。 この戦だとて、実のところは半分以上は己のエゴなのだから。 自領の民を守るならば、ヴァルカニアに楯突くはずも無い。 領主として勝ち目のない戦をしかけるほどがどれくらい愚かな事か、仮にもロイヤル・ガ ードの冠を抱いているからにはそれくらいは理解っている事であった。 幼馴染のアリシアやイライザの不遇には気の毒だとは思うが、領民を犠牲にしてまで動く ことではない。 そう…、ただ理由はひとつ。 この男が、マーキュレイ王国についていたからだ。 彼とはもう二度と戦いたくはなかった…。 己の領民を窮地に立たせる事になっても、旧友たちを裏切ることになっても…だ。 今まで彼が築いてきた全てに叛く事になっても、兄と同じように彼の傍らに居たかった。 その彼は、暫くじっとこちらを見つめたまま黙り込んでいたが、 「分かった。」 と、ゆっくりと息を吐いて軽く頭を振ったのだった。 「だが、それは全てが終わってからでいいだろうか。」 「何故?」 「俺は傭兵だ。人の死はいつも俺の間近にある。 それはだ。言い返せば自分の死も常に隣にあるということだ。」 「それは私も同じだよ?」 アルフォンスもロイヤル・ガードとしているからには、数多の人の命を自らの手で奪って きたのだ。 命は等価。 いつ、自分が戦いにおいて絶命してもおかしくはないし、その覚悟は出来ている。 「…そうじゃないんだ。」 しかし、彼は深く首を振った。 では、何故かとアルフォンスが口を開こうとしたがそれを見越したように彼は言葉を続ける。 「理由は今は言えない。 だが、約束しよう。全てが終わったら必ず話す。」 だから…。 「生き残ってくれ。」 傭兵はそう簡単に約束などはしないのが常だ。 お金で動く彼らは、金銭のやりとりが生じた時には約束をするが、無償での約束は決して しないと言われている。 逆に口軽くなんでも約束する傭兵ほど信頼におけないらしい。 それが何故なのかは薄々は理解る。 同じ戦場という舞台に立つものとして、手にかけた命以上に果たせぬ約束の方が多いから である。 その彼がそう言ったのだ。 「分かったよ。」 でも、少しだけ甘えさせて欲しかった。 もう余り共にいられる時間はない。 数分後にはまた別々の地で命のやりとりをしなければならぬ身。 アルフォンスは風のように動くと、しっかりと彼の身体を懐に抱きとめた。 彼の身体が腕の中でびくりと痙攣する。 だが、抗うこともしなかった。 「君も、必ず…。」 生き残ってくれ…と何故かそう声に出して言う事は出来なかったアルフォンスであったが、 彼は僅かにだが首を立てに振ったような気がした。 「オーディネル卿、時間です!」 部下の声が遠くから聞こえてくる。 夢の時間の終わりを告げた。 しかし、これは決して夢ではない。 彼の存在を確かめるように、更に強く抱き締め、背に回した手で彼のジャケットの衣を握り締めた。 しっかりとした熱が手のひらへと伝わってくる。 だから、それを逃がさぬように力の限り握り締めた。 |
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