「こんな村はずれに民家か?」

随分とボロっちいが…とエドワードは後方の一面を木で覆われた家をあんぐりと見上げていた。

あれから、村の入り口と直線方向の奥へ繋がる道をのぼり、そして行き着いた先がこの家

だったのである。

「でも、この家だけはどこも壊されていないようだわ。」

ホークアイ中尉は首を傾げながら訝しげにそう言った。

確かに村の家はどの家も例外なく、破壊し尽くされていたのだからそう観るのもやむ負え

ない。

「こんな奥にあったのが幸いしたのかしら。」

怪物もこんな山奥まで気が回らなかったということかと中尉は言うが、エドワードはその

意見とは別の事を考えていた。

今まで遭遇した怪物ではっきりと意志があったのは、リオールで会い、そしてリゼンブー

ルで闘ったあの怪物だけである。

他はただ命令された通りに動くだけの「道具」にしか過ぎないようなものばかりであった。

ならば、ここが荒らされていないという事は、あの錬成陣の有効範囲外ということだろう

か、もしくは中尉の推察どおりこんな奥地にまで人間がいるとはあの男も思いはしなかっ

たということであろうか。

それとも、もっと他に要因が─────。

「………。」

何かが脳裏の片隅でひっかかるのだが、それが何なのかエドワードはまだ掴めないでいた。

「とにかく、中へ入ってみましょう。」

確かにこうやって家と睨めっこしていても埒があかない。

それにこの先にはもう鬱蒼と茂る木々しかなく、そこを宛てもなく彷徨うよりは目の前の

家を調べるほうが余程意義があるだろう。

「ひょっとしたら、誰かいるかもしれないよ。」

アルフォンスもその意見には賛成で、先ほどのショックを振り払うかのように少し明るい

口調でこう応えた。

エドワードも軽くそれに頷くと、小さな玄関を潜って中へと入っていく。

「誰か、いませんかー?」

そう大きな声で叫びながら、エドワードはふと苦い笑いが込み上げてきた。

そういえば、この間もそう言って入った邸があった。

───そう、その時はもう既に誰もいなかったのだ、合成獣を除いては…。

応える声を見出せぬまま道なりに奥へと進むと、再び自嘲いが込み上げてくる。

目の前に開けた部屋は─────書庫であった。

「ヤな感じだぜ…。」

あのタッカー邸と規模は違えど、その雰囲気は似通っている。

「もう逃げたあとなのかしら…、それとも───。」

中尉のその言葉の先は言わずともがなというところか。

それだけは勘弁して欲しいところなのだが、その可能性が前者よりも高い事は認めたくな

い事実の一つである。

「に…、兄さんっっ! これ、見て!」

その時、アルフォンスが素っ頓狂な声を上げてエドワードを呼んだ。

エドワードも何かと思い、指された指先の方へと顔を近づけると…そこには。

「怪物…の写真かっ!?」

「ちょっと待って!

 写真だけじゃないわ、こっちの本にもそれにも怪物の事が書いてあるわよ。」

中尉はデスクに無造作に広げられ放置されている本を指していた。

エドワードはすぐにその本へと興味を移し、それぞれをざっと読んでいく。

「これは……、研究資料か?」

そうぽつりと呟くと、今度は書庫中を慌しげに歩き回り、手当たり次第本を手にとって読

みふけっていく。

「えっ? じゃあ、ここの住んでる人があの怪物を作ったの!?」

アルフォンスはそんな兄を遠目で追いながら、キリの良いところで疑問をぶつけてみたが、

それは直ぐに否定されたのであった。

エドワードは、最後の本をぱたんと閉じて本棚へかえすと、ロフトへと続く階段を昇って

いく。

「いや、それはないな。」

もし、そうであるならば、錬金術に関する資料も一緒に存在しなければならない。

そして更に付け加えるならば、あの「赤い石」の資料もなくてはならないだろう。

しかし、エドワードが調べる限りでそういった類のものは一切発見出来なかった。

あれだけの大掛かりな錬成陣を書くのだ。

資料が一冊も無い…というのはありえない事である。

「これは作り方というよりは…、歴史…、古代史の研究をしていたみたいだな。」

「古代史?」

今ひとつピンと来ないとアルフォンスは音を立てて大きく首を傾げた。

エドワードはそれには即答はぜず、今度はロフトの片隅に積み上げられている本を読み漁

り始める。

その時、とある1冊の古めかしい本に目がとまり、それを開いてみた。

「ん? 日記だな。それも随分と古い……。」

無造作に置かれていただけにあって、紙の傷みも進行しページをめくるのにもやや慎重さ

を必要とされるものであった。

「───考古学…、───錬金術師……、───古代文明…。」

先を読む進めていくと、この書庫中にある資料と抜け落ちた部分との繋がりが少し見え始

めてきた。

「古代の秘術か…。」

そして、それがひょっとしたら自分達の追い求めるそれに繋がるものになるかもしれない

という淡い期待を確信へと更に変えていった。

すると、日記の隙間から、一枚の紙切れらしいものがひらりと舞い落ちた。

エドワードはつぃとそれを拾い上げる。

「なんだこりゃ?」

それは紙切れではなく、一枚の写真であったのだが、一人の人間の顔の部分が見事に破り

捨てられていたのであった。

「この人、この家の人なのかな?」

何時の間にか同じ様にロフトに上がってきていたアルフォンスが大きな指先でにこやかに

笑っている青年を指差した。

「…何があったかは知らねぇけど、可能性は高いな。」

これほどの笑顔で写っているのだ。

とても仲の良い友人同士であっただろうに…顔の部分だけを破り捨てるとは、やはり日記

の最後に書かれていた「クロウリー」という男がこの破り捨てられた男の名なのだろうか。

エドワードはそっとその写真を日記の間に挟みなおし、静かにそれを閉じた。

そして、元あったように戻し次の本へと手を伸ばしかけた───その時。

鋭い獣の咆哮とそれに弱々しく対抗している銃声の音が耳をつんざいたのであった。

「兄さん、今の!」

「すぐ裏だな!」

そう言うが早いか、二人はロフトから飛び降りて、裏へ続く扉の前に立っていた。

銃声が鳴るという事はまだ、誰か生存者がいるということだ。

そして、あの獣の咆哮に臆することなく冷静に銃を発砲出来るという事は恐らく撃ってい

るのは軍人…ハボック少尉の可能性が高い。

「二人とも、急ぐわよ!」

ホークアイ中尉が先人をきって奥の扉を開け放ち、飛び出していった。

二人もあとからそれに続き、そして─────。

崖を背にして蹲る人影を発見したのであった。

「あ、ハボック少尉!」

「他にも誰かいるよ!」

ハボック少尉は腕を負傷したのであろうか…片手で二の腕を押さえたまま顔を歪ませ、

そして、それを庇うかのように一人の老人が彼の前に立ち塞がっている。

そう、距離を置いてはいるものの目前には…今までにない巨大な怪物が不気味な咆哮を上

げ身体をくねらせていた。

その動きはまるで爬虫類そのもの。

一瞬、その余りにものデカさと異様さにエドワードとアルフォンスの足が止まる。

「なんだ…これは……!?」

エドワードが唖然とそれを見上げていると、ホークアイ中尉の厳しい声が彼の意識に鞭を

うった。

「民間人の救出が先よ!」

ホークアイ中尉としては少尉が生きていてくれた事に純粋に喜んでいる場合ではなかった。

軍人が民間人に庇われるとは…これまた情けないというしかないのだ。

事態が事態なだけに別に少尉を責める訳ではないが、軍の規律を考えると真面目な彼女と

しては見過ごすことは出来ない。

「私がこの怪物の注意をひきつけるから、エドワード君はその隙に───。」

そして、そう言うが早いが銃を構えてエドワード達と怪物の前に立ち塞がる。

それは彼女らしいといえば彼女らしいのだが…、エドワードは大きく息をついた。

いくら修羅場を潜ってきた中尉でもあの練成物を一人でひきつけていられる筈が無い。

恐らく、エドワード達が民間人をつれて退避する間も稼げはしないだろう。

ホークアイ中尉の実力は充分に認めているエドワードだが、その限界も…そして何より今

の状況では彼女自身の強さが裏目に出る事もこの彼には手に取るように分かっていた。

それに…、これは自分の獲物だと…どこかで確信している。

そう、アルフォンスが言った”野生の勘”とも言うべきところで───。

「いや、中尉。こいつらはオレたちが叩き潰す!」

エドワードは、弟に視線で合図をすると、当然のようにアルフォンスも中尉の

脇をすり抜けて怪物の方へ突進していった。

「ちょっ…と! エドワード君っっ!!」

叫ぶ中尉の制止の言葉は…、当然彼らには届くことはなかった。

「おらっ! デカけりゃいい、ってもんじゃねぇぞ!」

怪物は罵倒を吐きながら弾丸のように飛んできた二つの小さな塊を視認すると、激しい咆

哮を上げてそれを追い始めたのある。

「エドワード君……。」

中尉は人間離れした速さで走り回る兄弟を複雑な表情で見つめている。

時折、どちらかが攻撃をしかけるがまったくダメージにならないのか、怪物は怯む様子も

なく彼らを潰そうと動きを止めなかった。

故に、彼らも連打して攻撃する事が出来ず、見目は攻撃というより逃げているという方が

相応しい。

「それにしてもあの怪物、あの巨体でこれほど素早い動きが出来るなんて…。」

中尉は全身に冷や汗が流れるのを感じた。

軍人の義務として、またある人との約束の為にああは言ってみたものの恐らく本当に彼女

一人で立ち向かっていたなら、エドワード達と民間人を逃がす間もなく自分は殺られてい

ただろう。

本来はそうなってでも、彼らを守らねばならないのだが…。

民間人の事を考えると、応戦する事も許されない。

中尉は己の無力さにキツク唇を噛んだ。

その間も二人と一体の攻防は激しくなるばかりである。

鎧の姿ゆえに吹き飛ばされても回復の早いアルフォンスが攻撃の主体になっていたが、

一向に埒が明かないようである。

エドワードも何度も吹き飛ばされ、あちらこちらと怪我をしているようであった。

とにかく、巨体を感じさせない俊敏な動き、そして炎を吐く口も厄介だが長い尾っぽにも

苦戦させられる。

もうどれだけ武器を錬成しただろうか…。

吹き飛ばされすぎたショックでその回数もとうに忘れてしまったと思った頃、…やっとそ

の怪物は耳障りな断末魔をあげながら地へと還っていった。

「…はぁはぁ、……やっとかよ。」

「た…倒せて良かったね、兄さん。」

エドワードはその場にどさりと膝をつき、アルフォンスもその傍らにどさりと腰を下ろした。

「ハボック少尉たちも無事みたいだよ。」

「そうか…、よしよし。」

再三に渡る攻防、幾度と無く繰り返した錬成…そして極度の緊張感から疲れが津波のよう

に押し寄せてきて彼の身体をさらって行こうとしている。

がっくしと項垂れたエドワードは、激しく肩で息をしていた。

しかし、それが一瞬にしてピタリと止まる。

「どうしたの、兄さん?」

その様子にアルフォンスが不安気にエドワードを覗き込もうとする。

だが、それは未遂に終わり、彼の方からゆっくりと面が上げられた。

「まただ…。」

そうぼそりと呟いた先の手の中にあるのはあの「赤い石」の欠片。

「それって…。」

アルフォンスも怪訝そうにそれを見やる。

今度の怪事件の裏には全てこの「赤い石」が関係していた。

「古代の秘術で生まれた「怪物」と「赤い石」…。

 この二つに何の因果関係があるんだ?」

古代の秘術に関して、この家の住人の研究資料である程度の知識は得たつもりだった。

しかし、「赤い石」との関連性に関しては今だ謎のまま───。

その時、アルフォンスが尤もらしい質問を投げかけてくる。

「ねぇ、兄さん。

 そもそも、どうして古代文明の怪物が現代に現れたりしてるんだろうね…?」

「赤い石」は「賢者の石」の贋作。

故に完璧ではないが若干であるならば、錬成術の能力を高める事が出来る代物。

贋作ゆえにそのリスクと代償は大きいが、少しでも錬成力を高めたいと渇望している者に

とっては貴重なソレ。

しかし、その入手経路はそう簡単ではなかったはず…。

そう、…今までは……だ。

それがここ数日の間でどれだけのソレに出会った事だろう。

エドワードはその欠片を大切にしまい込むと、しばらくそんな事をうつらうつらと考えて

いた。

だが、一向にその出口は見つからずそろそろ考えるのにも飽きてきた頃、

「だぁーーーッ! さっぱり分かんねぇっっ!!」

と、空を仰ぎ見て叫んだのだった。

すると、それに驚いたかのように森の鴉達がけたたましく鳴き始めた。

そして、それに今度はそれに驚いたかのようにエドワードの肢体が軽やかに跳ね上がる。

それはまるで先ほどの死闘の疲れを感じさせない俊敏動きであった。

その兄の動きもさることながら、アルフォンスはさっきの怪物以上に彼が緊張している様

子が気になり、

「…兄さん?」

と呼びかけて立ち上がり、不思議に思いながらも彼が身構え大きな瞳を見開いて見つめる

先に目をやった。

「…あっ!」

一目瞭然とはこの事であろうか…。

エドワードの「野生の勘」はやはり侮れなかった。

そう彼の視線の先では、泥のように液状化した土が湧き水のようにぼこりぼこりと溢れ出し、

それは凄い速さで人の型へと変化していったのである。

やがて、それは一人の青年へと変化し、銀の長い髪にうっすらと細められた瞳からは血の

ような紅が覗く─────そう、それはリゼンブールの大練成陣で見(まみ)えたあの謎の

錬金術師…。

「───お前か? お前がボードワンを…。」

エドワードの声はまるで地を這うように低く、そして震えていた。

それは恐怖によるものではなく、臨界に達した怒りのせいであったのだろう。

「リゼンブールも…こうするつもりだったのか…。」

だが、男はそれには喉の奥でクツリと音を立てるだけで応えることはなかった。

ただ彼はまるで想い人にでも再会したかのようにうっとりと一方的にこう告げる。

「再び会う気がした。」

でも、それだけでエドワードは確信したのだった。

「くそぉーーーーーーっっ!!」

そう叫ぶやいなや、エドワードは鋼の手を武器に変え男に突進していく。

背中に弟の叫びが聞こえたような気もしたが、既に彼の足も怒りも止まることはなかった。

「ほう…。お前もか、……幼き錬金術師。」

感嘆なのか、それともまた別の何かなのか。

微妙に複雑な音色を宿した男の言葉は、その意味を彼と同じ錬成方法を用いて触手を生み

出すことによって証明してみせた。

エドワードはそれに意外にも驚きはせず素早く壁を錬成してその凶器から逃れた。

そして、間髪入れずにエドワードは男との間合いをつめ、鋼の剣先で男に切りかかる。

しかし、男はそれに臆することなくまるでボールでも受け止めるかのように手のひらでそ

れを防いだ。

「なっっ!?」

エドワードが驚くのも仕方の無いことである。

彼が錬成した鋭利なソレは、男によってその存在価値を否定されたのだ。

男は間近に迫った少年の顔を見つめると抑揚の無い声音でこう囁いた。

「お前は同じ目をしている…。」

「な…に…を……。」

ここで隙が出来てしまった事を誰が非難出来ようか。

傷一つ負わなかった男は、そのままエドワードの脇腹に手を当て凄まじい威力で彼を吹き

飛ばしたのだった。

見事に遥か後方へ吹き飛んだエドワードはその激しい衝撃に意識が飛びかける。

それを見逃す男ではない。

「そう、お前に邪魔をする資格はない。」

男はエドワードに一方的にそう告げると、両の手から大きな力の塊を生み出した。

意識が朦朧とする中、エドワードは何度目かの「死」を覚悟していた。

つい最近では、…そう、あの「傷の男」と対した時だろうか。

あの時は大佐や中尉、少佐にも助けられたものだが…。

今度ばかりはそれは叶うまい。

「……。」

そんな絶望的な状況下の中だというのにエドワードがふと思い出したのは最愛の母や弟の

顔ではなく、厭味たっぷりな男の顔。

これであの上司の昇進の足枷になるのだから、それはそれで面白いとは思う。

何せ、あの端整でふてぶてしい顔が苦渋に歪むのを想像するだけでも楽しいエドワードで

ある。

しかし、─────反面、ずっと深いところではその男との約束が守れない事に届かぬ言

葉で詫びをいれる自分がいた。

そして、少しでも悲しんでくれれば自分の短い人生もそう悪くなかったのだと思えるかも

しれないと…。

らしくない…とエドワードは苦笑しながら、膨れ上がる破壊の力をぼんやりと見つめる。

だが…、またもや拾う神がいたのだ。

穢れた小さな魂を拾い上げるその御手が───…枯れた…しかし、しっかりとした強さの

ある声音となって彼らの間に割ってはいたのであった。

「クロウリー!」

その声に男の錬成がぴたりと止まる。

ゆっくりと向けられたその紅い瞳の先には…、一人の老人が身体を震わせて立っていた。

「オレだ! アーレンだ!」

クロウリー…と、老人は何度も呼びかける。

まるで夢現を彷徨う男の瞳をなんとか現実へ戻す為に、老人はしゃがれた声で何度も何度

も呼びかけた。

「……アーレン?」

しかし、男の反応は酷く稀薄で…僅かに眉間に皺を寄せると、

「私の知っているアーレンは年寄りではない。」

こう、アーレンを突っぱねたのであった。

だが、アーレンとて負けてはいない。

「あれから…俺たちが別れてから何十年経ったと思う?

 おかしいのはクロウリー…、アンタの方だ!」

何故、昔の…別れたあの時のままなのだと、アーレンは泣き叫んだ。

人間は生きていれば、平等にその年月と共に老いがやってくる。

アーレンのように…老い皺枯れていくものだ。

そう、それはどんなに器が美麗であろうとも生ある限りは逃れられぬ自然の理。

もし、アーレンの言う事が本当であるならば、この目の前にいる男は───。

「……やっぱり、人間じゃねぇ…か。」

エドワードは痛む節々に顔を顰めながら、ぽつりと呟いた。

すると、男はまるでそれを再び証明するかのようにどろりと溶けると地面に流れ溶け込ん

で行き、一同はそれを暫くただただ唖然と見送っているだけであった。













*next*






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2005.05.12+++ amane

「赤きエリクシルの悪魔」〜死の村ボードワンより

次で終わります…(涙)








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