あまりに非現実的な事象が続くと、人間の精神というのは脆いものでどんどんと肝心など

こかが麻痺していくのかもしれない。

どれくらいそうしていただろうか。

あまりにも静かな時間が生臭い風とともに過ぎ去った頃、最初に動いたのはやはりホーク

アイ中尉であった。

「………少尉、大丈夫?」

後ろで情けなくもべったりと座り込んだままの部下にそう声を掛けた。

ハボック少尉はそれにバツの悪そうに頭をかくが、大きくひとつ息を吐くといつもと同じ

飄々口調で、

「オレの危険手当…2倍にして下さいって大佐に言って下さいよ、中尉。」

こんなヤバイ仕事だったなんて聞いてない…と、煙草に火をつけながら悪態をつく。

それにホークアイ中尉はふぅと安堵の息をつくと、今度は今だ唖然と立ちつくしている老

人の方へ向き直った。

「ところで、ハボック中尉。こちらの方は?」

「ああ、はい、この村の住人っスよ。」

アーレン・グロスターさんだったかな…と深く紫煙を吐きながら、

「オレが保護したのは、そのじーさんだけで…。」

と、決して煙草の苦味ではない嫌な不味さに顔を僅かに顰めた。

ホークアイ中尉はそれで十分というように少尉の言葉を切るとマニュアルを読み上げるよ

うにお決まりの挨拶を老人に向ける。

「東方司令部のリザ・ホークアイです。」

ご無事で何よりです…と言う彼女に、老人───アーレン・グロスターは、フンと鼻でせ

せら笑い、

「…無事だと?」

と、低く唸ったのだった。

「何が…どう無事だというのだ…?」

無事なものか…と、先ほどの威勢の欠片ほども残さぬ小さな声で苦々しげに呟く。

「……。」

しかし、中尉はそれに動じる事も…いや、もうそういう反応には慣れているのか、淡々と

分かりきった事の確認を事務的に進めていった。

「貴方の他に生存者は?」

だが、意外にアーレンは冷静に彼女の質問に応えてくる。

「…分からん。……が、恐らく、いないだろう。」

そう言うと彼はまるで身体の中で燻る何かを吐き出したいように、苦悶の表情で息を吐き出していく。

「オレ以外の奴ぁ、皆殺られた。」

その様はまるで一気に年齢以上に老け込んだようであった。

「───クロウリーの奴め、お前って馬鹿は…、とうとう…。」

「………。」

それは本当に微かなうめき声であったが、中尉の耳にはしっかりと届いていた。

それ故にそれ以上の事を聞き質そうと彼女が口を開いたのだが、ほんの一瞬、違う声が老

人の注意をひき付けた。

「なぁ、じーさん。

 さっきのヤロウを知っていたみたいだったよなっ!?」

いつの間にか立ち直っていたエルリック兄弟の兄の方が小走りに近づいてくる。

「…ん?」

「───アイツは誰なんだ!? 教えてくれっ!」

だが、アーレンの反応は鈍い。

別に老いのせいという訳では決してなく、誰でもいきなり小さな子供に勢いよく捲くし立

てられたら訝しげに思うのは仕方がないというもの。

ましてや、こんな凄惨な状況の中では…なおさらである。

「なんだ…? このガキは?」

「国家錬金術師のエドワード・エルリック君です。

 隣は弟のアルフォンス君。」

中尉は丁寧に手で指し示しながらアーレンに紹介をした。

その動作に一瞬エドワードの口端がひくりと震えるものの、そこでいつものように吼える

ほど愚かではない彼である。

「錬金術師…か。」

アーレンは擦れた声でぽつりとそう呟いた。

そう、それは確認でもなく、疑問でもない……何か「錬金術」というものに対して含みの

ある「それ」。

「姿を消したり、かと思えば突然現れたり…いくら錬金術師でも、アレはただの人間じゃねぇ!」

胸座を掴まんばかりの勢いで迫る幼い錬金術師に、アーレンは僅かに尻込むもののそこに

何かを感じ取ったのかしっかりと目線を据えて重い口を開き始めた。

「小僧…あいつと何かあったのか?」

「じーさん、知ってるんだな!?

 なあ、教えてくれよ、頼むッッ!!」

大きな黄金の瞳が縋るようにアーレンの瞳を捉える。

その中に何を見出したのだろうか…。

アーレンは大きく息を吐き出すと、

「何かワケありがありそうだな…。

 まあ、立ち話もなんだ。話をするなら俺の家へ行こう。ついてきな…。」

と、くぃっと首を家の方に向けて歩き出した。

エドワードとアルフォンス、そしてそれに続いてハボック少尉とホークアイ中尉も老人の

後にならって先ほどエドワード達が飛び出してきたドアを再びくぐって行ったのであった。

「あれ? ここが、じーさんの家?

 ───ってことは、ここにある資料は全部じーさんのだったのか。」

「まぁな。50年以上も考古学者をやってるんだ。」

そう苦笑うアーレンであったがその間にもその辺の壷を触ろうとしていたアルフォンスに

鋭く注意を投げかける。

「おいこら、そこのデカイの。勝手に資料に触るんじゃねぇ」

エドワードは納得したといわんばかりに床にまで侵食している本の数々を見て頷いた。

そして、余計に先ほどアーレンがクロウリーという名の錬金術師に投げた言葉の重みを知

る事になったのだった。

「…あの、考古学ってあの怪物の研究も含まれるんですか?」

アルフォンスは大きな身体をそこいらに無造作に置かれている壊れやすそうな資料たちに

触れないように細心の注意を払いながら自分の居場所を確保する。

「怪物? ああ、「ゴーレム」のことか。」

勿論…と、アーレンは深く頷いた。

そして、それから、一同は怪物こと「ゴーレム」の考古学論を延々と聞く羽目になったの

である。

もちろん、エドワードやアルフォンスはそれに興味があったし、ホークアイ中尉も上司へ

の報告上、詳しく知っておく必要性があった為、真剣に聞き入り時には質問を投げかけて

いたのだが、約一名、非常にツライ状況に立たされた男がいた。

正直、やっと解けた緊張の糸をめいっぱい解すために大好きな煙草をもう一服したいとこ

ろであったのだが、これだけ書物がある場所ではさすがにそれは躊躇われたし、かといっ

てまだ危険ではないと言い切れないこの状況下では一人外へ出る訳にもいかなかった。

なまじ、そう出来たとしても…中尉の射的の腕を見せ付けるいい的になるだけである。

「ジャック・クロウリー…。

 いや、ちょっと待てよ、じーさん。

 親友って、50年前…だぜ? いくら錬金術師でも不老は……。」

「そうだな。」

そう言うと二人はそのまま考え込んでしまった。

そこに、今まで黙って聞き役に徹していたホークアイ中尉が割って入ってくる。

「他人の空似ということは───?」

「いや、あれはクロウリーだ。

 アイツの事は俺が一番よく知っている。」

「でも、あの人……………普通の人間とは思えなかったけど。」

「………。」

「まあ、今それを言い合ってもしょーがないさ。

 それより、ヤツが何を目的としているか…だな。」

「小僧…、それを知ってどうする気だ。

 どうして、アイツの事をそこまで知りたがる?」

アーレンは、事件の大きさを大体ではあるが予測している。

いくら国家錬金術師といっても、子供の手に負える範疇ではないことも…だ。

軍は…そしてこの少年は一体何をしようとしているのか、彼は測りかねていた。

それを察したのかどうかは分からないが、エドワードは簡単に今までの経緯を話しだす。

といっても、言ったのは自分の故郷が襲われたという事だけであったが…。

それに補足するように中尉が淡々と事実を述べていった。

「あの男は、この村の大量殺人の重要な容疑者です。

 そして他にも関与したと思われる事件も多数…。

 軍としてもこのまま彼を放置しておく訳には行きません。

 男の居場所に心当たりは…?」

知らなくて当然だと、中尉は思っていた。

クロウリーというあの男のあの反応からして、本当にこの50年という年月、彼らは連絡

も取り合っていなかったようである。

それに……決定的にアーレンとクロウリーの時間概念がズレているように見受けられた。

しかし、中尉は賭けていた。

ここの家に訪れる前…、村長の家の前でエルリック兄弟達が拾った村長の日記。

そこには、「アーレンが”村が怪物に襲われる”と言った」と書いてあった。

そして間もなく砂漠から謎の二人の旅人。

その後、村の若者が砂漠で怪物を見かけ「村を捨てろ」と言った。

そう、アーレンは知っていたのだ。

どうして知ったのかまでは分からないが、考古学者としてその研究に取り組んでいた彼に

しか分からない予兆があったのだろう。

ましてや、先ほど「アイツの事は自分が一番よく知っている」とアーレンは言い切ったのだ。

それにいくら神出鬼没だとはいえ、これだけの大きな錬成をしなければ事が起こせない何

かをするのであれば、そうさほど遠くないところに暫くは居を構えているはずである。

「……。」

少しの沈黙のあと、アーレンはどこか遠い目をして誰に聞かせるわけでもない呟きでこう

応えた。

「きっと、あいつは今でもシャムシッドの街にいるんだろうな…。」

「シャムシッド?」

その問いにアーレンは、淡々と説明をしていった。

ゴーレム技術で繁栄したレビス文明の王都「シャムシッド」。

「今は遺跡がかろうじて残っている…という程度だがな。」

「───中尉!」

エドワードは反対されるのを覚悟で、ホークアイ中尉を促した。

そう、このボードワンに来る事でさえ、中尉は大佐の命が出るまでは猛反対していたのだ。

「そうね…、行って見ましょう。」

しかし、予想は彼にとってはいい方向へと外れ、すんなりと「シャムシッド行」への許可

がおりた。

さらに彼女の行動は早く、アーレンに同行の申し出でている。

アーレンもそれには思うところがあるのか快く引き受けてくれたのであった。

「俺もアイツにあってどうしても確かめきゃいけない事がある。」

そして、そこからは擦れた小さな声で搾り出すように、

「アイツが、ああなったのは俺のせいなんだからな…。」

と、呟いたその一言にエドワードは一抹の不安を覚え「じーさん?」と小首を傾げた。

だが、それは

「よし、行くか。」

という号令にするりとかわされ、エドワードもその真意を問いただすきっかけを失ってし

まう。

一方、やっと終わったかと胸を撫で下ろしているハボック少尉はホークアイ中尉と今後の

ことを話し合っていた。

「───あ、っと。俺はどうしたらいいっスかね。」

正直、ハボックとしてはこれ以上の同行は遠慮したい気満々であった。

もうなんと中尉に蔑まれようと、嫌なものは嫌なのだ。

とりあえず、怪我もしている事だし…何よりももうこんな非常識の世界はまっぴらである。

「そうね、偵察に行くだけだから人数は必要ないわ。

 少尉は司令部に戻って大佐にこの一件を報告して頂戴。」

これまた意外や意外、すんなりと司令部への帰還が了承されたのであった。

しかし、ハボックは知らない。

ここで中尉に蔑まれるのと、還って大佐の嫌味の猛攻にあうのと…どちらが良かったのか。

まあ、ハボックのことである。

どこまで口で言われようと、ようは命あってのモノ種。

大佐の嫌味の猛攻くらいは耐えれる自信は十分にあるのだ。

それでなければ、あの人の下ではやっていけない。

「了解っス!」

大きく胸を撫で下ろしたハボックであった。

それを尻目にエルリック兄弟は、ひそりと誰にも聞こえぬように皆を避けて話し込んでいた。

「ねぇ…兄さん。ゴーレムを創り出している古代の秘術の事なんだけど…。」

「ああ…分かってる。

 オレ達が求めているものの手がかりがそこで見つかるかもしれないな。」

そう─────。

エルリック兄弟としては中尉の言うような偵察だけで終わらせるつもりは端から考えにない。

なんとかして中尉をまいてそのまま本拠地へ乗り込むつもりでいる。

そして、それは彼らだけではなかった。

─────もう一人、決死の覚悟で乗り込む決意を決めた男がいた。

男は静かに家の扉を閉める。

この村の唯一の生存者としても、もう戻ることは叶わぬかもしれない。

男は誰にも覚られぬ様、主を失う家を見上げた。

あの旅を終え、それからずっと暮らしてきた家だ。

おまけにこの惨事にも巻き込まれること無く、多少古びてはいるが綺麗なままで佇んでいる。

ずっと一人暮らしで、何かに愛着があるもとをあえていうならば、長年に渡る大量の研究

資料と…この家だけであった。

そうなのだ。

もう若くもない。

どちらかというと、老いた期も終え、あと少しでその寿命を終えるところまでに手が届い

ている。

このまま、何事もなかったかのように目をつぶって暮らしていてもいいのだ。

だが…。

そうは出来なかった。

あの瞳が…黄金の大きな瞳がそれを許さない。

それはとても誰かのそれに似ていて、男の奥深くに眠る罪をじっと見つめていた。

そうだ、あの時に…もっと強く彼を止めていれば!!

こんな悲惨な事件は起こらなかったのだ。

これは彼の罪だけではない。

男の罪でもあった。

─────止めなければ…。

今度こそ、何としても止めなければっっ!

あの少年たちに出会ったのは恐らく出会うべくして出会ったのであろう。

「償い」を!!

長きに渡り、耳を塞ぎ、目を閉じてきた償いを今こそ…。

男は老いを感じさせない力強さで大地を踏みしめ歩き出した。

そう、お互いの止まった時間を修正する為に─────。





一行は晴れていく空の下、森を抜けて砂漠の方へと足を進めて行った。

エドワードは深呼吸ついでに生い茂る木々の間から時々だが見えるぼんやりと輝く白い月

を見上げてみる。

僅かに欠けた月の足りない部分はまるで、不機嫌に細められた彼の瞳のようで。

そう思うとついふぃとそれから瞳を反らし、エドワードはふぅ…と息をついた。

恐らくハボックの報告を聞いたロイは静かに静かに怒るのだろう。

なんだかその様が手にとるように分かってしまう辺りが少し嫌であったのだが、今はその

場にいないだけいいというものであろうか。

「無理をするな。」

と言われた。

確かに怪我はしたが、動けないほどの怪我でもない。

こうやって動くのも何ら問題はないほどの軽い怪我ばかりである。

それでも彼は怒るだろう…。

暗い暗い闇色の瞳の中に静かに、しかし激しく焔を灯して。

でも、もしこの先に求めるものがあるのであれば…。

そう、後少しだ。

エドワードは背伸びをするように宙へ力いっぱい手を伸ばした。

それは傍からみれば丁度身体を伸ばして解しているようにしか見えない動きであったけれど。

しかし、彼の瞳にはその手の先に、静かにしかし激しく震え燃え盛る焔がちろりと触れた

ように映った。

その様にエドワードは困ったように笑みを溢す。





だから、そっとそれを指先にくるりと絡ませてみる。





そう、つい先日、彼の人の黒曜の髪に絡ませたように…。





「ったく、しゃーねえな。」





そこから伝わるはずの無い心地よい熱にうっとりとエドワードは瞳を細めたのであった。
















-THE END-








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2005.05.12+++ amane

「赤きエリクシルの悪魔」〜死の村ボードワンより

ボードワン、これでお終いです…。
意外に…書いてみると長かった。
おまけになんか全体のストーリーを追うので必死になっちゃって中身がないし( ̄□ ̄;)ガーン
そう、何もストーリーを正確に追う必要はなかったのだぁ…。
─────反省* ・・ ・・(o_ _)o  コケ
本当はこの後、司令部サイドの話が続いていたのですが、さすがに分けました(反省してないし…)。








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