相変わらず、村の中の光景は変らず、まるであの銃声が幻聴であったかのような錯覚にさ

え陥りそうになるほど…全てが死の香りに包まれていた。

そして、それを糧にするかのように次々と怪物が現れ、彼らの前に立ち塞がっていく。

やがて、その黒い波の隙間から赤々とした焔の色が見え始め、一行は僅かに開けた広場に

辿り着いたのであった。

「銃声が聞こえたのはこの辺りね。」

ホークアイ中尉は警戒の色を濃くしながら、慎重に周りを見渡していた。

そこは先ほどの広場よりはかなり小さいものであったが、その奥には大きな一軒屋がどっ

しりと佇んでいた…はずであった。

「はず」というのは、その家は他の家々と同じくぼろぼろに破壊され、そのあげく火が放

たれていたからである。

「ねぇ、兄さん。この家、ついさっき、壊れたんじゃない?」

アルフォンスは、炎の上がる勢いに比べてまだ家が残存している部分が多いのをそう指摘

したのだが─────。

が、傍らにいたエドワードはおもむろに顔を顰めてこう訂正してきた。

「『壊れた』じゃなくて、『壊された』だよ………。」

勢いよく踊り立つ炎がエドワードの頬を紅に照らし上げていく。

「とんでもない怪物が近くにいるってこと…かしら。」

ホークアイ中尉も今までの破損状況と、この家の真新しい破壊の痕にそう苦渋の声を漏ら

した。

「も、もしかして、さっきの鳴き声の…。」

思い出したアルフォンスが巨体を恐怖でがちゃりと震えあがらせる。

「…。ともかく、気をつけましょう。」

だが、中尉もそれ以上、気の利いた言葉を吐ける訳ではなかった。

展望のない言葉を吐いて気分が紛れる…という惨状ではもう決してないからだ。

一方、エドワードは二人が燃え上がる家を見ながらそんな会話をしている間、周りを丁寧

に散策していた。

彼の足は家の脇奥に向いており、その先にある崖のところでピタリと止まっている。

「───中尉、ちょっとこっち見てくれよ。」

そう呼ばれて、ホークアイ中尉は駆け足でそちらへ向かう。

すると、そこには断崖が広がっており、向こうの断崖には深い森が広がっていた。

「あっ、橋が落ちてる。」

後を追ってきたアルフォンスが後ろからそう声を上げる。

中尉は橋の残骸を綿密に調べて、

「この橋もつい先ほど落とされたようね。」

と、溜息をついていた。

銃声を聞いてすぐさま駆けつけたつもりではあったが、立ち塞がる怪物の群れを除去する

のに時間がかかりすぎたようだ。

その傍らでエドワードは地面に手をつけ、遥か向こう側にある崖岸を何度も視線を往復さ

せている。

そして、こちらも苦々しい呻き声を漏らした。

「う〜ん、この距離じゃ錬成で直すのは難しいな…。」

出来ないという訳ではない。

ただ架ける事だけなら出来るかもしれないが、人が渡れる程の強度のあるものを作れるか

というとほとんど否というに等しかった。

何せ、こちらには最重量級のアルフォンスがいるのだ。

そのアルフォンスはそんな兄の不器用な気遣いに嬉しさと悔しさとがない交ぜになった例

えように無い感情にまた苛まれることになった。

それは、ここ最近、俄かに芽生え始めた不安定な感情の渦。

─────兄には絶対に知られたくない醜い思い…。

だから、それを押し隠すようにアルフォンスは彼らしい言葉でそれにヴェールをかけてい

くのであった。

「銃を撃った人はこの橋を渡ったのかな…?

 無事だといいんだけど。」

「他の道を探すしかないわね。

 とりあえず、いったん、さっきの広場まで戻りましょう。」

ホークアイ中尉もここは諦めたと軽く首を振ると、踵を返し早々にその場を立ち去ろうと

した。

そして、再び焼け落ちる家の横を通り過ぎると…。

「中尉、ごめんなさい、ちょっといい?」

と、アルフォンスが前を歩く中尉を呼び止めた。

「何、アルフォンス君?」

「兄さん、これ…。」

アルフォンスは足元にある一冊の本を屈んで摘み上げた。

それをエドワードは受け取ると、多少脆くなったその本を慎重に開いていく。

「……日記…か? ちょっと読んでみるか。」

他人のプライベートを盗み見るのはさすがのエドワードも抵抗を感じたが、今の現状では

少しでも何か手がかりが欲しいところであった。

そう、例え、その先にあるものが─────彼の予想通りであったとしてもだ。

パラパラとめくっていく。

それは日付を追う事に字の乱れが多くなっていた。

そこには、例の噂のこと、ハボック少尉のこと、そして、砂漠を越えてきたという謎の男

女のこと。

そして…。

「アーレン……か。」

噂の元凶である男の名前。

彼が生きていれば、もっと詳しい事が分かるかもしれない。

彼は…アーレンという男は、どうしてこの「事実」を知ったのか。

最後のページを開いたまま、じっと考え込んでいる兄を気遣い、アルフォンスは遠慮がち

に声をかける。

「兄さん…。」

それにエドワードは現実に引き戻され、見たままの感想を述べるに留まった。

「ああ、血まみれだな。」

そこには今回の事件のことだけではなく、書いた…恐らくはこの村の村長であったであろう

男の最大の幸せと絶望が綴り尽くされていた。

エドワードは手にした日記帳を静かに閉じると、少し離れた先で佇んでいるホークアイ中

尉を一瞥した。

それに応えるように中尉は軽く頷くと、エドワードはそれをコートの中に仕舞い込んだ。

一応は、この事件の証拠物件であり…そして、何よりも物言わぬ証人であった。

それを見届けると中尉はすぃと彼らに背を向け、歩き出す。

「…行きましょう。」

ともかく、今はまだ生きている可能性のある人間と接触する事が最優先である。

彼らは、大急ぎであの錬成陣のある広場へと引き返していったのであった。

帰りも結局行きと同じ程、手惑いながらの進行であったが、やがてそこに辿り着いた時、

先ほどとは違う光景が広がっていた。

何よりもその変化に喜んだのはアルフォンスであり、嬉々として兄を呼びながらそれに近

づいていく。

「兄さん、ほら、あそこに人がいるよ!」

確かに錬成陣の中央に、村人らしき人間が数人佇んでいた。

エドワードもそれにはその年齢らしく無邪気に喜び、弟のあとを追って近づいていく。

「ほんとだ!

 ははッ!! 生存者がいたんだ!」

だが、本来なら、彼ら兄弟が一番最初にその異常さに気付かねばならなかった。

あの練成陣に引かれていた血の跡は何の為だったのか───誰よりも理解っている彼らな

のだから…。

しかし、それが出来なかったのは、彼らの未熟さというよりは今までの死の香りに予想以

上に精神が冒されていたせいであろう。

「おーい、大丈夫かーーっっ!?」

そう叫びながら駆け寄っていく兄弟とは裏腹に、一人ホークアイ中尉は足を止めその場に

佇んでで居た。

「…………………………?」

本来であるならば、民間人確保に一番早く動かなければならない軍人が…否、軍人だから

こそ動けなかったのか。

「……助ケテ。」

そこに村人達の哀れな声が響く。

エルリック兄弟達はすっかり警戒心を失い、彼らに必死に労りの言葉を投げかけている。

「アンタたち、よく生きてたな。

 安心しな、もう大丈夫だ!」

「兄さん、早くこの人たちを助け出そう!」

大丈夫ですか? 歩けますか?と、アルフォンスに至っては、もう過保護な程であった。

確かに、今までの村の様子を見続けていれば、これくらいの労りは当然なのかもしれない。

しかし、村人達は彼らの言葉に応える様子もなく、ただひたすら同じ言葉を繰り返すだけ

で───。

「…………………………タスケテ…。」

「えっ、もしかして動けないのか。」

そうだよな、あれだけ怖い目をしたんだもんなと一人納得するエドワードをホークアイ中

尉はまるで別の次元から眺めやるように甚く冷静に観察をしていた。

だからこそ、見えるその異常さ。

おかしい…。

頭の中で痛みを伴うほどに警報が鳴る。

危険だと、アレは、危険だと…。

「怯えなくてもいいんですよ。」

さあ、行きましょう…とアルフォンスが手を差し出される。

すると、それと重なるように中尉の銃口が跳ね上がった。

「…二人とも、離れて。」

「えっ、何言ってんだよ、中尉っっ!?」

信じられないと、兄弟は遥か向こうにいる中尉へ視線を送る。

だが、中尉の銃口はしっかりと保護すべきはず住民へと向けられていた。

「…オネガイ、タスケテ……。」

その間も彼らの声は止まることなく、ゆらりゆらりと揺れながら救けを請うた。

「そんな…、中尉…。」

僕達に助けを求めているんですよ、と縋るアルフォンスの声は、残念ながら中尉の鋼鉄の

意志の前では揺らぐこともなく返ってくる言葉は───。

「───離れなさいっっ!!」

と、ただ一つ。

「どういうつもりだ、中尉!?」

軍の規律を最も重んじる中尉の行動とはうらはらのそれにエドワードも大きな驚きと戸惑

いが露になる。

理由もなく住民に銃口を向ける程、彼女が乱心したとは到底思えない。

普通に見ればそれはかなり悲惨な状況ではあったが、彼女がこれまでに見てきた中ではこ

れ以上に酷いものも多数あったであろう。

そして、何より、そんな惰弱さではあの男の下では要られないであろう。

エドワードは、軽く唇を噛み、中尉の指がトリガーにかかるのをただ静かに見ていた。

その時、すっかり中尉へと意識を逸らしていた兄弟たちの周りでは、住民たちが微妙に動

きを変えていっていた。

それは、ゆらり…ゆらりから、明らかに人間ではありえない揺れ方になり、やがてそれを

証明するかのように低く呻き声をあげはじめた。

「……ニンゲン、………コロス…。」

えっ…?、とアルフォンスはその言葉に信じられないと振り向いたが、そこにあった光景

はあまりにも新しく鮮明な記憶で何も疑いようの無いそれであった。

「うわわ…、これってまさかっ!?」

「くっ、こういうコトかっ。」

エドワードも直ぐにそれに触れたのか、身体に緊張が走る。

中尉は既に発砲をしながらこちらへ近づいてきている。

みるみる内にまるで銃声の音に合わせるかのように、村人であったそれは次々ともがき苦

しみながら人の形から黒い物体へと変り、耳障りな音で呪いの言葉を吐き出した。

死の村で見つけた僅かな生は、砂漠で見える蜃気楼より性質が悪いものであった。

それを片っ端から倒していく。

やがて、広場にはまた不気味なほどの静寂が戻ると、中尉が息を飲んで一言こう呟いた。

「本当に、人間に化けるのね…。」

怪物達は倒されると、今までと同じようにその形を一片たりとも残さず全て土へと還って

行く。

恐らく、「土」を主体として錬成されているのだろう。

エドワードは苦虫を潰したような顔で軽く舌打ちをすると、中尉に頭を下げた。

「助かったよ、中尉…。」

何故、気付かなかったのか…とエドワードは歯噛みするが、今更後悔しても始まらないだ

ろう。

それに、幸いにも中尉はそんな失態で兄弟を苛めるような人ではなかった。

アルフォンスはただただ中尉に感心するばかりで、それに中尉は少し困ったような笑顔で

応じている。

確かに、日常に身の危険を曝している人間にとっては自然に磨き上げられる危機回避の能力。

それは臆病というものでは決してなく、己の力量があるからこその代物。

それがあるからこそ、未然に防げたり、最小限の被害で抑えたり…が出来る訳であり、エ

ドワードもつい先日、傷の男と初めて相対しながらもその男の異常さに全身の細胞のひと

つひとつが竦んだほどであった。

「あはは、兄さんのは直感というより、野性の本能ってヤツだよね。」

「なんだよ、野性っつうのは…。」

「ふふっ。でも、私もそうね。軍人の習性みたいなものだから。」

そう、少し悲しげな、それでいて真っ直ぐに揺ぎ無く固めた意志の強さを持った光が彼女

の瞳に宿っていた。

「中尉……。」

エドワードは彼女が見つめる先に居る誰かを想い、つい瞳を僅かに伏せてしまう。

彼は自分に向けられる感情には鈍いが、大概、この年代の子供にしては他人の心の動きに

敏感であった。

だから、中尉が常に誰を想っているかも彼には痛いほど感じとれていたのである。

そしてそれは、何時の間にか他人事ではなくなっていたから───。

中尉も恐らく…いや確実にエドワードの事には気がついているであろう。

だからこそ、彼女はここで話をきっぱりと打ち切ったのであった。

「…さあ、行きましょう。」

くるりと向けられた決して大きくはない背。

その背に一体どれだけ多くのものを背負っているのだろうか。

「………敵わねぇよな。」

エドワードの口から無意識に零れた落ちた本音。

「!?」

そして、そう声に出てしまった事に当の本人が一番驚いていた。

慌てて口を人工的な白さを持った手で覆い隠すと同時に周りを見回すが先に行く中尉は勿

論、先ほどまで隣にいたアルフォンスも、もう既に中尉の背に迫っており、幸いにも聞か

れなかったようである。

だからという訳ではないが、エドワードは誰に憚ることもなく、大きく一つ溜息をついた。

敵うわけがない。

たった一人の為に自らの全てを捧げられる女性に…。

少し前までは少年もそうであったのだ。

だが、現在は─────。

しかし、その先の答えを導き出す時間はない。

今はとにかく、ハボック少尉と生存者を探すのが先決だった。

エドワードは軽く頭をふると、大急ぎで二人の後を追ったのであった。













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2005.05.12+++ amane

「赤きエリクシルの悪魔」〜死の村ボードワンより

だんだん、やさぐれモード…(涙)








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