| 「ににに…兄さんっっ!? なっ、なにか……き、聞こえ………!!」 「落ち着けってば、アル!」 出来うる限り身体を小さくして、ぎしぎしと軋みを上げて震える弟にエドワードは一瞥を くれると、すぐにホークアイ中尉の方へ向き直って様子を伺う。 「鳴き声…か…?」 「まだ、近くに怪物がいるのかもしれないわね。 今まで以上に気をつけて進みましょう。」 そう注意を促す中尉にエドワードは深く頷く。 しかし、同時にそれがあまり意味のない事もよく理解っていた。 何せ、相手は、神出鬼没…。 あの錬成陣がある限り、どこからでも無限に湧き出てくるのだから───。 それでも、彼らは前へ進まねばならなかった。 その先に彼らの求めるものがあるかもしれない…、それが1%にも満たない確率だったと しても僅かでもその可能性があるならば進むしかないのだ。 それからというものの、三人は黙々と怪物を倒しながら村の奥へと足を進めた。 予想通り、次から次へと湧いて出る怪物達にまともにやりあっていては到底体力が追いつ いていくはずがないので、活路を作るだけに留めておく。 そうして、見えてきた先の景色は、円形状の大きな広場であった。 だが…、─────そこで急にエルリック兄弟の足が止まってしまう。 「…?」 ホークアイ中尉は不思議に思いながらも、何もなかったように先頭に立って辺りを警戒し ながら様子を探っていた。 その様子を安心したアルフォンスは小声で隣のエドワードにそっと話し掛ける。 「に、兄さん! この錬成陣は…。」 「ああ…同じだな。」 薄暗い円形広場の中央にはどす黒い錬成陣が目いっぱい広がっていたのであった。 ホークアイ中尉も気付いているようでじっと足元の不気味なそれを見やっている。 「…バレちゃうかな?」 「……もうバレてるさ。」 エドワードはあえて誰に…とは付け加えなかった。 「そうだよね、中尉の記憶力は凄いもの。」 案の定、そう応えてきたアルフォンスにうかない表情でエドワードはこくりと頷き返した のであった。 そして、二人ももう少しよく見る為に錬成陣に近づいていく。 その時、ホークアイ中尉が首を傾げて地面の一点を指した。 「あら? この周囲の血は…。」 その言葉にアルフォンスの悲鳴が細く上がった。 「兄さん、この血の付き方ってっっ!!」 「ああ、これが本当に人間の血痕だとしたなら……。 …あンのヤロォ!! 村の人間を使って何を錬成しやがったんだっっ!!」 鋼の腕がぎしりと悲鳴を上げた。 幸か不幸か…このテには彼らは異常な程、詳しすぎるのだ。 過去に犯した罪と、背負う罰の重さは彼らが一番よく知っている。 しかし、彼らが犠牲にしたのは己自身の身体であった。 これとは、─────似ても似つかない。 それに気付いているホークアイ中尉は静かに遠くから彼らを見守っていた。 彼らのその様を見ながら、ふと、出発直前に上官…マスタング大佐から言われた事を思い 返していたのである。 ボードワン行の許可がおりたエルリック兄弟がその準備に部屋を退出した時のこと…。 彼らの力強い足音が遠ざかり完全に消えたのを見計らって、ロイはデスクについた手に額 を預けると誰に言うでもなく、ぼそりとこう呟いた。 「───鋼のは、何か隠している。」 しかし、今この執務室には当人の他に彼女だけしかおらず、とりあえずそれにありのまま 応えておくことにした。 「恐れながら、大佐、それはいつもの事だと思いますが…。」 「リゼンブールで残された錬成陣…。」 ふいに解かれたロイの白い手がすぃと目線辺りに上がると指を鳴らすような形をとった。 それを彼女は僅かに顔を顰めることで諫めるが、既にロイの指先からは赤い錬成反応が始まっている。 「あれは破壊させた上に偽造されていた…、いや、偽装された上に破壊されていたと言ったら?」 そして、それはジジ…小さな発火音と僅かな火花を散らした。 「まさか…!」 「その…、まさかだよ。」 恐らくね…と、ロイは目を閉じてニヒルに笑う。 「確証はあるのですか?」 「…。」 しかし、それにロイは応えずただ喉の奥でクツリと笑うだけであった。 応える必要がない程に明白ということか─────。 「このボードワンの一件。 鋼のは既に犯人の検討をつけている。」 「だから、行かせたのですか。」 そう、中尉はいつものように「赤い石」絡みだからだとばかり思っていた。 「それもある。」 しかし…とロイは目を閉じたまま淡々と続けた。 「鋼のがわざわざ錬成陣を書き換えるという危険を犯してまで我々に知らせたくない事と いうのは…。」 何だと思うかね…とロイは彼女に謎かけてくる。 それは彼ら兄弟の事情をよく知るものであれば、錬金術師でなくとも誰しもがすぐに想像 出来る答え。 「───人体錬成ですか。」 彼らが、特に兄のエドワードが成りたくもない軍の狗になってまで追い求めているモノ。 その為なら彼らは…、特にエドワードは危険なぞ顧みずに進んでいくだろう。 だから…。 「…頼む。」 何をとは言わない。 そして、聞きもしない。 「はっ!」 これは命令ではない。 しかし、───彼女はいつも通り敬礼すると早々に執務室を後にしたのであった。 そこまで思い返してふと意識を戻すと、兄弟はまだ何か話し合っていた。 「───甘く見すぎたな…。」 悔しげに爪を噛むエドワードをアルフォンスが困ったように見下ろしている。 「リゼンブールの後か…、それとも、同時進行だったのか…。」 村ごと人が消えるという事件はここに限らず、東方では幾多にも発生しているのだがあの 錬成陣の報告が最初に上がったのは被害を最小限に食い止めれたリゼンブールのみである。 ということは今まであの男と怪物達は、用事が済めば証拠隠滅していたということになる。 そして─────。 「ここはまだ用済みじゃないということか…。」 彼らの誤算は恐らく、ハボック少尉の存在だったに違いない。 否、笑い飛ばされるような噂に少尉を派遣させた彼の上官であるマスタング大佐というと ころか…。 「アル…。」 「何、兄さん?」 ある種の不安に苛まれて、エドワードは隣にいる弟の名を無意識に口にする。 それだけで少しでも挫けそうになる心を留めておくことが出来るような気がするからだ。 呼ばれたアルフォンスは知ってか知らずか普通に返事を返してくるが、エドワードははに かんだような笑顔で軽く手をふる。 「いや、悪りぃ、何でもないねぇよ。」 「そう?」 アルフォンスは何か納得しきれないという風に首を傾げるがそれ以上踏み込むことは無かった。 それにエドワードは深く安堵の溜息をつく。 そう、決して口には出来ないそれ。 ─────アイツにまた逢うような気がする。 あの謎の錬金術師に…そして今度こそはタダでは済みそうにない、得体の知れないどす黒 い予感。 それは彼が短い間に経験した数々の苦難から育った、危機回避の本能であろうか。 脳細胞の片隅で、「拘ワルナ!」とそれが激しく警報を出している。 その時…。 「…………………………!?」 山の彼方から放たれる、身の毛がよだつ程の獣の雄叫び─────。 「兄さん、まただ! また、この声………!!」 そして、それに続いて酷く渇いた音が彼らの耳をつんざいた。 「なっ、今のは銃声か!?」 エドワードが消え入りそうな、それでも頑なに雄叫びに対抗しようとしているそれに響い た方角へと弾けるように身体を向ける。 「生存者がいるわ。二人とも行くわよ。」 ホークアイ中尉も既に銃を構え、その方角へと走り出していた。 その後を二人が懸命に追いかけていく。 そして、彼らが去った後、ゆらりゆらりと揺らぐ翳が幾筋も現れた。 それらは一様に生ある者達が去った方向へと空虚な瞳を向け、こう嘲笑ったのであった。 ─────贄ダ…。 *next*
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