俺は幸せだったんだろうな…………………………。

墜ちるところまで墜ちたどん底の闇の中。

灯された炎の手を掴むことが許されたのだから。

だけど、俺は…。

あんたの何かに慣れているのだろうか?

あんたの深い闇の中で…。

この壊れた手でも木漏れ日くらいにはなれているのかな?










The silent forest









「に…兄さん〜。」

「な、情けない声出すなよ、アル。」

「で…でもぉ〜。」

「あのなぁ〜。」

砂利を踏む足音だけが今の世界の音だった。

そんな他愛もない兄弟の会話でもしていなければ、気がふれそう程に…。

そう、この世界には音も光も…何もなかった。

そんな中をホークアイ中尉が銃を構えたまま、先を進んでいく。

それは軍人の鑑とも言える出で立ちであった。

そして、その後をエルリック兄弟がそぞろ歩いている。

「中尉を見てみろよ。」

必要以上におどけた風を装うのは、兄・エドワードの癖。

何かを隠したい時は必ずといっていいほどにそうなるので、かなり分かりやすい性格なの

である。

─────怖いんだね、兄さんも。

アルフォンスは口には出さず、しかし、内心では大きく安堵の息をついた。

臆病だからではない…。

そう、これは尋常じゃない。

街の建物という建物はほとんどが全壊。

そして、そのどれにももれなく、血痕がついているという始末。

ところどころではない。

全てだった。

正直、兄の言うように、ホークアイ中尉はさすがというべきなのだろう。

と、ともに、彼女が潜って来た数々の死線の恐ろしさを思わずには言われなかった。

「女性の身といえど、こうやって勇ましく…。」

が、その時、延々と力説するエドワードが「いや感心」と両手を軽く上げたその瞬間。

まるでタイミングを計ったかのように前を注意深く歩いていた中尉がぐるりと徐に振り返った。

「「ちゅ……ちゅー…………………………い…?」」

その表情は見慣れたような、そうでないような…兎に角、心身ともに最大の警告音が鳴り

響くようなそれで、エドワードとアルは同時に声をかけてみた。

その時。



ガウン! ガウン! ガウン!



エドワードの眼前で火花が散った。

ぴったりと向けられた銃口から飛び出す弾丸が…自分の顔の横すれすれを通り過ぎていく

のが、恨めしくも見えてしまう。

そのおかげだろうか、エドワードは硬直したまま一歩も動かなかったので幸いにも殉職す

る事はなかった。

そして、隣にいるアルフォンスはまさしく人間的回避動作を実行していたのである。

まあ、当たってしまうと兆弾して傍らにいるエドワードや発砲した中尉に当たる可能性が

あるなのだが…。

しかし、それは傍から見れば滑稽な光景だったかもしれないが、本人達は至極真剣であった。

やがて銃声が止み、聴覚はいまだ麻痺しているものの、大地から伝わる鈍い振動を感じて

エドワードは咄嗟に自分の後方を振り返ってみる。

「なっ!?」

すると、彼らの僅か後方で3対の怪物が倒れ伏していたのであった。

そう、確かにそこはつい先ほど3人が通った道。

「危なかったわね。 もっと警戒しないとダメって事かしら。」

ホークアイ中尉は苦い顔をしてそう呟いた。

彼女も彼女なりにかなり警戒をしてそこを通ったはずであり、まさか通って直ぐ背後から

襲われるという愚行を犯すほど疎かにはしていなかったからなのだが…。

「………っっ。」

その中尉の自嘲に何か応えてあげたかったエルリック兄弟ではあったが、やはり見慣れて

いるといっても自分がアレの的になるのはとりあえず初めてなのでショックから立ち直る

のに少し時間がかかってしまう。

「なぁ、アル。」

「…何?」

「大佐って、ひょっとしてマゾか?」

「…言えてるね。」

逢う度にアレの餌食になっている大佐の光景がふと思い出される。

「マゾじゃなきゃ、単なる真の無能だな。」

と、エドワードは大きく頭を振った

「雨の日だけじゃないんだ…ね。」

と、アルフォンスもあの男に何を期待していたのか大きく肩を落とす。

しかし、そんなのんびりした会話も中尉の銃口が跳ね上がる音で終わりを告げた。

「……エドワード君!」

彼女の警戒の声にエドワードとアルフォンスも素早く臨戦体勢をとる。

すると、壊れた建物の影や細い路地から黒い物体が次から次へと湧き出てきたのであった。

「…どうして?」

中尉が驚くのも無理はない。

確かに先ほどまではあの倒れた3体以外の気配はなかったのだ。

いや、あの3体にしても全く直前までは気配というものが感じられなかった。

生ける者が潜んでいる場合、何かかしらの気配が感じられるはずである。

呼吸音、臭い、風、殺気……。

確かに戦い慣れているものはそれらを消す術を身に着けてはいるものだが、逆にその消さ

れたそれを敏感に察知する術も身に着けるもの。

しかし、そのどれもが、現れてからでないと感じとれない。

それは、人間に…特に命のやりとりを生業としている人間にとっては最大の恐怖である。

「兄さん…。」

僅かに動揺している中尉を気の毒に思うのか、アルフォンスが困ったように兄の方を見やる。

勿論、エドワードにしてもそんな彼女に色々説明してやりたいのは山々だが、今はその時

間も余裕もない。

ともかく、口で幾ら説明するよりも、こういう異常な状況は一見にしかず…だ。

どうせ先へ進めば恐らく例のモノにぶち当たる。

だから、今は…。

「中尉、とにかくヤルぜ。」

エドワードのその言葉に、中尉は銃声で応えた。

それからというものの底がないのかと思うほど湧き出てくる黒い怪物達を3人は三様の方法

で倒していく。

そしてそれもやがて終息し、なんとか一息つける状態に戻るとアルフォンスは大きく溜息

をついて兄を見やったのだった。

「───やっぱり、怪物の仕業だったんだね。」

「…リゼンブールも───。」

こうなる運命だったのか…とエドワードは唇を強く噛み締める。

自分達が捨てた故郷とはいえど、今でもそんな彼らを愛しんで想って待ちつづけてくれて

いる人達がいる───大切な場所。

そこが、こんな死の村になる事を想像するだけで吐き気を催す。

一方、ホークアイ中尉にも僅かながら余裕が無くなってきていた。

報告では聞いていたが、これがこの兄弟達とアームストロング少佐が出くわしたという怪

物なのだ。

───音も気配もなく、───突然現れ、───人々を襲う。

「……行きましょう。

 ハボック少尉が心配だわ。」

偵察と噂の出先を確認するだけに向かわせた少尉なのだ。

普段は飄々としてやる気があるんだかないんだかのハボック少尉だが、軍人としては信頼

を置いている中尉である。

しかし、…信頼はしていてもこの状況で本当に生き残っているのかどうか。

これだけの惨状でありながら、村人の遺体が一つも見つからないというのも気がかりである。

「そうだな。」

エドワードもすんなりと頷いて顔を上げた。

だが、その時───不気味な雄叫びがどす黒い翼を広げて空を駆ける。

それはまるで彼らの行く先を阻むかのように…彼らの身を十分に竦ませるほどの気味悪さ

を孕んでいたのであった。













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2005.05.12+++ amane

「赤きエリクシルの悪魔」〜死の村ボードワンより

覚悟して下さい、無駄に長いです…(涙)








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