覚悟を決めたはずなのに−−−。

時々、居た堪れないほど苦しくなる。

止まる事を忘れさせた足が…想いが……限界を訴える。

どうして?

始まりはたった一つだった。

なあ、アンタたちはこんなちっぽけなオレに何を望む?










ambivalence










「さっきはごめんね、兄さん。」

「ん? ああ…いや、もうそれはナシな。」

小さくなって謝るアルフォンスにエドワードは一体どれを指しているのかと少しの間思案

顔になったがすぐに思い当たり、少し苦笑った。

弟は兄を生かす為に「逃げろ」と言った。

兄は弟を生かす為に「自分を殺せ」と言った。

その姿は、まさに神の前に平伏す咎人。

「−−怒ってんだろな…。」

それをアイツに見られてしまったのは失態だった。

そのおかげで今こうして呑気に会話なぞしていられる訳なのだが…、ついそれがぽろりと

口をついて出てしまい、エドワードは一瞬その動揺を押し隠せずに瞳の色を揺らがせてし

まう。

しかし、当の弟はどうやら気がつかなかったのか、

「怒ってないといえば嘘だけど…。」

と、もう二度とあんな事はしないでね…と笑った。

エドワードにとっては都合の良い勘違いをしてくれて心の中で大きく安堵の息をついたの

だが、直ぐにそれは重い罪悪感へと擦り返られてしまう。

最愛の弟に嘘をついてまで隠しとおさなければいけない存在と想い。

そう、それは決してあってはならないはずなのに…だ。

エドワードは兎に角そこから離れる為に、努めて目の前にある事に相手の意識を向けさせ

ようとした。

「それより、ごめんな、アル。

 オレの腕が直るまで木箱生活だ…。」

本来なら直ぐにリゼンブール行きの列車に乗って故郷に居るエドワードの腕を直せる唯一

の機械鎧技師の元へ向いたいのだが、生憎今日の最終便は先ほど出てしまっている。

「おまけに宿をとることも出来ないから、今日はここでお泊りだ。」

ここ…というのは東方司令部なのだが仮眠室は誰が入ってくるか分からないので、マスタ

ング大佐の執務室にある片隅に布を被せて置かれる事になった。

何故、布かというと、本日、ここの主はとある重要な任務の為、珍しく残業予定はなく、

後の時間は夜勤担当の彼の部下と「傷の男」がここで起した事件の後処理に追われるヒュー

ズ中佐のみの為、万が一の事を考えてのことである。

もちろん、エドワードもアルフォンスの元に残ると言い張ったのだが、機械鎧の右腕と少

なからず四肢全体に怪我を負っている為、ここの主に美味しくお持ち帰りされることに相

成ってしまっていた。

これには、

「無能同士、普段は欠片もない助け合い精神をこれを機会にしっかり育ててください。」

という、超有能な部下の有難いお言葉付ではあったのだが、その二人の容姿と経緯からこ

の件に関しては直ぐに箝口令がひかれる事になった。

ここ東方司令部はほぼマスタング大佐の手中にあると言っても過言ではないのだが、こと

エルリック兄弟の事となるとその大佐の部下の中でも彼が信頼を置いているほんの一握り

と親友で現在は中央(セントラル)所属のヒューズとその部下のアームストロング少佐の

みが偽りに彩られた履歴の中に眠る真実を知るのである。

「兄さんこそ、ちゃんと大佐の言う事を聞かなきゃダメだよ!」

心配だなぁ…と溜息をつくアルフォンス。

これではどっちが兄なのか分かったもんじゃない。

「………ぁぁ…。」

それは絶対に無理だと確信しているエドワードであったが、力なく笑顔で応えて見せる。

そう、それが嘘だって事はどうせバレている。

案の定、アルフォンスはこう言ったもんだった。

「腕、失いんだからね。家一軒錬成しなきゃいけないような事態にはしないでよ。」

「ああ、大佐が怒って自分の家を燃やさなきゃ大丈夫だろ?」

「兄さんっっ!!!!!」

「分かった!分かったから、アル!」

大人しくしているから…と両手を上げてエドワードはとりあえずのところ降参をした。

「と、それにしてもまだ大佐の仕事が終わるまで時間があるから…。」

ふぃと時計を見たエドワードは声を低めてこう弟に言ったのだった。

「悪ぃけど、アル、書庫にいるな。」

「…ひょっとして。」

「ああ、大佐から情報が引き出せなかったとなると後は文献に頼るしかねぇしな。」

「だけど、兄さん。調べるにしても全く検討もつかないんじゃ調べようにないんじゃ。」

「今分かっているキーワードは、指輪の中にある錬成陣らしき模様と恐らく年代ものであ

 るということ。

 とりあえず片っ端から古の錬成陣を記した本、もしくは歴史を調べるしかなさそうだな。」

「…一人で大丈夫?」

「まあ、大佐を待っている時間で何か手がかりが見つかるとは思っちゃいねえけど何もし

 ねぇよりはいいだろ。それに…。」

「…タッカーさんの研究の件だね。」

「−−−大佐は止めたけど、残念ながらオレたちは資料を生で見ちまったからな。」

あれだけ詳しい資料と現場の惨状を見れば少し考えれば、同じ錬金術を生業としているな

らば思いつく先はいくら子供とはいえ遠からず辿り着いてしまう。

大佐達はエルリック兄弟を侮りすぎていた。

−−−−−人間と獣の合成。

それも、自分の身内…妻と娘の二人をたかが「国家錬金術師」という資格を得るためだけ

に犠牲にした。

しかし、本当にそれだけなのだろうか?

研究者というのは厄介なもので、己の研究を世に認めさせる為に少なからず暴挙に走る傾

向がある。

彼は−−−タッカーは果たして、本当に資格の為だけに愛しい者達を犠牲にしたのだろうか?

それは本人が死した今では知りようにないことではあるのだが、兄弟の心に小骨のように

ひっかかっているのであった。

だが皮肉な事にその研究の一部を知識として吸収していかざる負えない彼らの現状。

エドワードは得た知識の全てを自分の手帳に今のうちに記しておくことにしたのだった。

錬金術師の手帳は大概自分達の知識や研究結果を記しておくことに使われる。

しかし、内容が内容なだけに他の錬金術師に露見しないよう各々その表現法には工夫がな

されていた。

エドワードは自分達の置かれている彷徨い人らしく旅行記風に記されている。

それは常に共に旅をしている弟で錬金術師でもあるアルフォンスにも解読することは不可

能らしい。

「うん、分かった。」

が、思い直したようにアルフォンスは立ち去ろうと顔を離し始めた兄を押し殺した声で呼

び止めた。

「兄さん! 指輪! 指にはめて置いたほうがいいよ。

 調べてるのに夢中になって忘れるかもしれないから。」

指輪…。

そう、それはリオールの神殿で謎の女性に渡されたもの。

まだそれが今起こる一連の事件とどう繋がるのか…彼らにはあまりにも情報が少なすぎて

知る由はなかったのだが、その不透明な現状の中で唯一現物として彼らの手の中にあるモ

ノである。

「だな。」

といって懐から指輪を取り出したはいいものの、片腕では落ちないようにはめるのはちょっ

と難しかった。

「貸して。」

アルフォンスはそれを見かねてなんとか動く大きな左手でそれを壊さぬよう慎重にエドワード

の指から摘み上げると器用に左手の薬指にはめ込んでしまったのだった。

「おう、サンキュ♪」

妙にしっくりくるそのサイズに疑念を覚える事もなく、またそこに指輪をするという意味

さえも知らない程に幼い二人だからこそなのだがこれが後にあらぬ災難を起こす事になろ

うとはまだこの時は知らず…、エドワードはその年齢らしく無邪気に笑いながら軽く手を

振った。

「じゃあ、行ってくる。」

「うん、また明日ね。」

「ん?なんだ?

 大佐ん家に行く前にもう一度顔出すつもりだけど。」

「あはは…。」

それは絶対不可能だよ、兄さん…と心の中で声高に叫ぶアルフォンスであった。

兄の集中力は並大抵のものではない。

だからこそ、幼くして国家錬金術師の資格が採れるまでの力を持つ事が出来たのであるが、

兎に角一度何かに没頭すると食事どころか睡眠さえも忘却という世界に放り込んでしまう

のだ。

執務室から出て行くそんな兄の背を確認したアルフォンスは盛大に溜息をついた。

「兄さんは自分の事には他人以上に疎いから…。」

確実に今日も書庫で古書に埋もれたエドワードを発掘するのは仕事を終えた大佐であろう

ことは間違いない。

そして、そのままお持ち帰りされるのだ。

これが中央(セントラル)であれば、ヒューズ中佐である。

その中佐も今はここ東方にいるのだが、明日の朝一で中央(セントラル)に帰る為に今日

起こった「傷の男」の事件に関する後処理を徹夜で片付けねばならず、アルフォンスと共

に大佐の執務室にお残りの身の上であった。

「中佐と一緒……。」

それはこれから仕事のストレスで爆発するであろう家族愛の捌け口の的…いや、生贄にな

るという事である。

「い、いやだぁ−−−−−−! 兄さん−−−−−ッッ!!!」

そして基本的に睡眠を必要としないアルフォンスにとってはまさに生き地獄と言える時間

であったのだった。













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2004.11.23+++ amane

「赤きエリクシルの悪魔」〜タッカー邸の怪より

2作品目にして早も続きモノです(涙)








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