真実は一つだと人は言う。

しかし…。

果たしてそうなのだろうか?

ここにある現実と真実を、一体誰が見極められるというのか?

この血が…

この声音が…

この想いが……

造られたモノだと、誰が疑えようか。







ユダの箱舟







「……。」

星々を渡る船の中で少女はぐっと唇の噛み締める。

その窓に映る景色の光の数は以前よりぐっと減少していたのだった。

今も止むことなく残酷な翼が、その一振りでその光を無に変えていく。

それはこの世界を粛清するプログラム。

それを人間はデバッガーと呼ぶ。

「同じなのに…。」

そう呼ぶ名は全く以って同じなれど、造った者と造られたモノとではこれ程までに力が違

うのか。

抗えない。

どんなに手を尽くそうとも、このまま世界は滅びていくのだろうか。

『そうはさせない。』

そう言ってくれるかの人達も居た。

だけれど、こうやって目に焼きつく暗黒はその僅かな希望さえもその闇へ引きずり込もう

としているかのようであった。

「冗談じゃないわ。」

少女は舌打とともに誰にも聞こえぬ様に口の中でそう呟く。

決められた未来なんて、誰が進んでやるものか…と。

噛み締めすぎた色づきの良すぎる唇がちりりと痛みを訴える。

そう…、この痛みがある限り。

「私たちは玩具じゃない!」

飽きたから捨てられる、思い通りにならないからデリート(抹消)される。

そんな存在では決してない!

この感情の嵐が造られたものだと、誰が信じられるか?

だから、絶対に抗ってみせる。

そんな想いを抱え、少女は今もリアルタイムで消えていく星々の明かりを記憶の中だけで

も消えぬようにと焼き付けるようとするかの如くじっと睨みすえていた。

既に、船は自動操縦に切り替えられており、彼女の主な仕事といえば、これからの自分達

の行動を組織のリーダーとして定めなければならないことであった。

しかし、振り返ってみると、ここ最近、色々な事象があり過ぎている。

天使の姿を模した破壊者達が現れてからというものの、彼らには時間の余裕が無くなって

しまったのだ。

銀河系抹消のタイムリミットはあまりにも短すぎる。

それなのに、圧倒的な力の違いの前にして僅かな情報で具体的な対策もないまま彼らは向

き合わなければならないのだった。

銀河系の消滅を喰い止める為に…その為にシステム自身が意図的に造り替えたユニットで

ある自分達が何とかしなければならないのである。

少女は、ふぅ…と深く溜息をついた。

思えば、確か、自分は…己の出生を求めて旅していたのではなかっただろうか。

父や母だと信じていた優しい人達が、死ぬ間際に残した言葉。

そして、自分の異常としかとれない「能力」。

それに完全に芽生えたのは、義理の父母と死別し、この組織…「クォーク」の当時リーダ

ーであったクリフに救けられてからのこと。

それから、自分なりに己の事は調べていたのだが…。

まさか、その行き着く先がこんなことであったとは、少女も夢にも思っていなかった。

『バグの分際で…生意気な…!』

クリエイターの一人が吐き捨てた言葉が妙に鮮明に蘇ってくる。

いや、クリエイターというのは間違っているのか。

自分達を造り出し管理している人達のほとんどは、創造物の味方についたのだった。

そう、ソフト会社が作り出した一大ゲーム「エターナル・スフィア」。

自分達はそのいち登場人物でしかなかったという事実。

しかし、クリエイター達はこれ程までに独立してしまったシステムを、もう自分達の所有

物ではない…システムが進化した一つの生命体だと認知したのであった。

だが、そう思わない人間もいた。

「エターナル・スフィア」を開発したスフィア社のオーナー。

彼は、システムが勝手に生み出した規格外の彼らを「バグ」と見なし、彼らが存在する

「銀河系」を閉鎖。

そして、今…、その銀河系プログラム自体を破壊する為に、デバッガー「エクスキューショナー」

を稼動させている。

もちろん、少女達とクリエイター達でそれに抗うために「エクスキューショナー」を消滅

させる為の「アンインストーラー」を開発・作動させたのだが、オーナーの読みが早く、

それを稼動させた時に発動する新たな「エクスキューショナー」というセキュリティプロ

グラムを組み込まれてしまい、実際、今は以前よりはるかに小型化し強大になった「断罪

者」に悩まされている最中であった。

オーナーは全ての権限を最優先に持っている為、クリエイター達を出し抜くことも容易に

やってのけられる。

そして、幸いにもというのか怪我の功名とでもいうのだろうか。

そのオーナーは今、このゲーム世界の中にいるという情報がクリエイターの責任者からも

たらされた。

彼を暴挙を止める為に、自分達は一秒でも早くそこへ駆けつけなければいけないのだが…。

だが、走りすぎた。

怒涛の如く襲い来る非現実的な事象に…皆疲れすぎてしまっている。

そう、少女も例外ではなく、ここのところどうも頭が…思考が上手く纏まらないのだ。

さすがの体力自慢のクリフも、その時々に気が回らなくなってきている。

まさしく、今がそうかもしれない。

少女はもう何度目になるか分からない溜息をついた。

「うっ!!」

しかし、その時、腕に小さな痛みが走る。

咄嗟に左腕を卓から離し、右手で庇うように胸元に寄せた。

思わずついて出た声はそう大きなものではなかったはずなのだが、ブリッジにいる中では

唯一そういう事に聡いクリフが驚いたように振り向いた。

他の近くに居るクルーには聴こえなかったというのに、一番少女から離れた前先端に座し

ていた彼と…その隣にいる女性のしっかりと束ねられた黄金色の長い髪が僅かに揺らいだ

のは、やはりクラウストロ人の身体能力の高さ所以であろうか。

しかし、女性の方は僅かに視線をクリフの方へ投げかけただけに留まった。

クリフはいかにしてか、クラウストロ人特有の巨体を狭い通路につっかかることなく、滑

るように移動させて少女の…メインシートへ近づいた。

「マリア…?」

彼は周りには気取られぬように、声を抑えて囁いた。

「大丈夫…、怪我をした訳ではないわ。」

そう、少女…マリアが怪我をした訳ではない。

これは……。

「…まさか……フェイト?」

マリアは未だ霧の中にある真実の一旦を実体感したその驚きの大きさに心の声がそのまま

外へ洩れてしまった。

それを訝しげに見下ろしていたクリフも最後に呟かれた名に過敏に反応を示す。

「…チッ。」

大きく跳ね上がった彼の眉を確認したかしないか…だろう。

彼は疾風の如く、この場を去っていたのだった。

しかし、彼は知っていたのだろうか?

彼女が溢した名の真実を…。

否、それはないとマリアは軽く首を振った。

恐らく彼はただ、かの名に単純に反応しただけであろう。

そう、彼も疲れていたのだ。

ベストの状態のクリフなら、きっとその名を溢した事への疑問をぶつけてきたであろう。

いや、それよりも前に、絶対に気づいてたはずの少年の僅かな異変。

それをずっと見逃していたのだから…。

マリアは、再びモニターへと視線を戻した。

着実に、宇宙から光の数が減っていっている。

時間はない。

だが…。

「休息も必要だわ。」

少なくとも、今は…今だけは…。

少女よりも重い十字架を背負わされた片割れには、それが必要なのだ。

「ミラージュ!」

その鋭い声に、クリフの隣にいた彼と同じクラウストロ人の女性が振り向いた。

「何でしょう、マリア?」

「コース変更を…。」

マリアは淡々とそれを伝える。

他のクルーはその地点に若干驚きを示したものの、誰もリーダーに意見するものはいなかった。

ただ、ミラージュだけは…クリフの仕事上の良きパートナーであり、現在はマリアの右腕

としている彼女だけは何かを汲み取ったのか、僅かに微笑みを浮かべてそれに応えたので

あった。






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2005.02.26+++ amane

「幻月館」で発表したもの。続いてます。