| +++ next door+++ 〜1〜 |
| 闇は必ず訪れる。 それは日常であり、恐れはあるが嫌悪はなかった。 そう、味方になる時もあれば敵にもなり、そして、安らぎをもたらすもの。 今もそのどれかに包まれている自分がいた。 …久方ぶりのような気がする。 己が切り出した戦とはいえ、ここのところこれ程までに深くそして甘い波間を漂うた事 があっただろうか? 眠りとは元来、肉体を休めるのと内なる精神の休息をも兼ねているものでもあるが、こ こ最近はそのどちらもが欠けていた様である。 陽の光が届かない深海の砂浜に身体を横たえているかのようなその心地よさについ時間も 現実も忘れてしまう。 だが…。 「…っ!?」 急激に意識が浮上した。 それは、彼の通常より遙かに鋭い理性がそうさせたものであり、誰が彼の眠りを邪魔した 訳でもない。 「ここは…?」 薄暗いその部屋は、あまり見覚えのあるものではなった。 深すぎた眠りのせいばかりではない気だるさと痛みが全身を支配するのを誤魔化しながら ゆっくりと身体を起してみる。 よく眺めてみるとそこは複数の簡素なベッドが規則正しく並んでおり、その幾つかはシー ツが乱れっぱなしになっていた。 飾り気の無い、まさしく休息をとるだめだけの部屋。 屋敷や城ではなく…軍事施設、それも前線の大きな……施設によくあるような…そんな場所。 「…そういえば。」 砦。 そう、砦を攻めていたはずである。 ヴァルカニア王国のほぼ中央部に立つバルトリック砦。 この砦はその名の通りバルトリックという山の山中に建てられおり、その西側に設置され ている魔導砲を破壊する為の囮も兼ねての作戦であった。 それは先日の大惨事によるもの。 そう、彼、この戦の発起人の一人でまるアルフォンス・オーディネルはその大惨事で多数 の部隊を失った結果であったのだった。 それに関しては彼の双子の兄であるクリストファー・オーディネルがかなり辛辣な見解を 述べてはいるのだが、それは今ここで語ることではないだろう。 オーディネル軍はそのまま西側から砦を攻撃、マーキュレイ軍は東側から後続にくる小隊 の為に魔導砲までの道を確保する…大体そういったものである。 しかし、これには大きな誤算が幾つも生じることになった。 まずは、東側のマーキュレイ軍だが、もともと自衛を目的とした訓練しか受けていない部 隊のせいか、砦手前での攻防戦で敵を全滅させたものの部隊長を含めた4人を残して全滅。 砦通過以外の別の道を探したものの山の険しさが邪魔をし、やはり砦攻略を余儀なくされ ていたのであった。 だが、たった4人で何が出来ようか…。 ロイヤル・ガード級の者ならば成せるかもしれないが、この戦まで本格的な戦いなぞした ことのないマーキュレイ軍の足がそこで止まってしまった事を誰も非難する事は出来ない であろう。 そして、もう一つの大きな誤算。 それは……、突然現れたあの男。 灰色の長い髪、常に見下ろす事しかしらぬその瞳。 確か、ヴェスターと言ったか…。 アルフォンスの前の主であったヴァルカニア王に何やら取り入っていた男。 「この私がお相手しましょう…。」 そうニヒルに嗤ったあの嘲笑みが、不協和音のように酷く神経を苛む。 だが、負けるつもりは到底ない。 その自信は剣を交えても僅かにではあるが彼の方が押し気味であった事が実証している。 確かに腕の立つ男であった。 かつてここまで自分を追い込みそして上回った者といえば…今は一線を退いた双子の兄・ クリストファーくらいであろうか。 しかし、この男、兄ほどではない。 多少、時間はかかったが何度目かの攻めで相手に怯みの色が色濃く見え始めてきた。 「っっ!!」 余裕の嘲笑みを浮かべていた端正な顔が見る見る内に醜く変貌していく。 だが、それは彼にも言える事であった。 これまでにない強敵に、さすがの彼の息も上がり始めている。 もちろん、開戦以来の強行軍の疲労が重なって…というのもあるかもしれないが、そんな ものは理由にはならない。 「……ぐっ…!!」 そして、幾度の無く火花を散らした剣が一際大きくぶつかり合うと、その反動のように互 いが間合いを大きく取り合った。 「…!?」 その時、何やら砦の東側が騒がしく動き出した。 敵の増援か? それとも…。 前者ならば、覚悟を決めねばならない。 「アルフっっ…!!」 すると、遠い彼方から誰かが自分の名を呼ぶ声がする。 喧騒の合間を縫って届いた微かな呼び声に味方のそれも最も心強い増援部隊だというのが 分かった。 しかし、本来ならば彼らより先にマーキュレイ軍がやってこなければならないはずである。 「全滅したかっっ!?」 ならば、彼らの為にも、ここは早くケリをつけねばならない。 彼らには一秒でも早くここを通り抜けて魔導砲の発射阻止をしてもらわねばならないのだ。 そうでなければ…、魔導砲の次の目標であるオーディネルは壊滅する。 道は違えたが知己として戦友として王に進言してくれた最後のロイヤル・ガードであるディ アナ・シルヴァネールの恩情により、領民のほとんどが避難したとはいえ、まだ領地を守る 兵士や離れる事を拒んだ僅かな領民が残ったままになっている。 それに、一時的に避難した領民も攻撃されれば帰る場所を失う事になってしまうからだ。 それが…当主たるものの役目。 だが、何よりも…。 「東の雑魚は俺たちが片付けるぞ!」 今まで静観していた砦内のヴァルカニア兵士達が一斉動き始めた。 そのほとんどが、西門のアルフォンス達を無視して東門へと傾れ始めている。 「…クレヴァニール。」 エゴだとは理解っていた。 領民を守るという信念は決して嘘ではないが、少数部隊…いや部隊と呼べるような規模で はない。 そうたった4人、それだけで自分達以上に強行軍を繰り返している彼らの…否、彼の負担 を少しでも減らしてやりたいと心からそう思う。 そして、幸いにも自分はその力を持ち合わせていた。 「あと少しだ。」 疲労に萎えそうになる心身をもう一度奮い立たせる。 次で決着をつけてやる! ロイヤル・ガードの誇りにかけても! 「我に敗北はない!」 「くっ!」 剣が男を掠めた。 「……よくも…ぉっっ!!」 その瞬間、男から投げつけられた言葉は戦場に置いてはよく聞くありふれたものであった。 だが、その言葉がどうもこの男に似つかわしくない。 それにアルフォンスは激しい違和感と何やら途轍もない悪寒を感じる。 しかし、それが何かに気づく前に男は行動に出たのだった。 「何を…!?」 この状況になって、男は剣を収めてしまったのだ。 嫌な予感がする。 戦いにおいて、戦略・戦術に優れている事も重要であるが、無視出来ない要素として時の 運と…第六感というものがある。 まさに、今がそれだった。 男は剣を収めたその手をすぃっとアルフェンスの方へと向ける。 その先に黒い影が凝縮し始めた。 逃ゲロ…!! 身体中の全てが力の限りそう訴える。 アルフォンスは無意識にそれに従い、瞬きの間もなく飛来するその球体を寸での差でかわ して見せたのだった。 「な…何だ、今のは!?」 元来、この世界では魔導というものが定着していない。 否、古は当然のように存在していた魔導なのだが、ある事件をきっかけに失われてしまっ たのだ。 しかし、アルフォンスとて全くそれに知識が無いわけではない。 が、今のは魔導とよぶには何かが違うような気がしてやまない。 その時…。 それに反応した人間がいた。 「…っっ!?」 「クレヴァニールさん、これは…!?」 二人の男女が戦いの僅かな隙間に視線を合わせる。 二人とも、身体の奥底で何かが警報を発し続けていた。 男、クレヴァニールと呼ばれた青年は、鋭く痛む背に身体が屈み始めている。 「フレーネ…っっ!!」 そしてそれは…女、フレーネと呼ばれた少女も同じようであった。 今にも倒れ込みそうになっている彼女にクレヴァニールが駆け寄ろうとすると、フレーネ はそれを震える手で制止した。 「だ…大丈夫です! それよりも…先へ!」 少女は痛みを堪えながら再び魔法の詠唱を始めた。 単独で中央突破を謀っていたクレヴァニールは、それを視界の端で捕らえて僅かに頷くと 眼前に立ちふさがった因縁塗れの男の猛撃をするりとかわす。 彼らを悪し様に雑魚呼ばわりしていたが、相変わらず大した事のないその様をクレヴァニ ールがすんなりと剣で射抜いてしまおうとしたその瞬間。 事態は大きく動いた。 「な…!?」 剣が大男を貫く瞬間、肩越しに見えたシーン。 黒く大きな塊が、アルフォンスに覆いかぶさろうとしていた。 逃げる余地などはありはしない。 まるで、抱き込むように広がる闇…。 「アルフォンスっっ!!!!!」 「きゃあっっ!!!!!」 「マスターっっ!!!???」 重なる悲鳴が一人の男をかき消した。 主を失った剣は、愚かな男を鞘にしたままどさりと地へ転がり落ちる。 周囲もその異常さに一瞬皆がが凍りついた。 ただ、取り残された愚か者だけは…、 「ぐっっ、何故だ…!? 俺様がこんな…?」 と、最後の最後まで己の欲しか頭になかったようであった。 「な…なに、あいつってば…。」 消えた…?と、近くで奮闘していたイライザがぽつりと漏らす。 そしてそこには剣と同じように主を失った使い魔がぽとりと地面に堕ちて行く様があった。 「マスター…。」 それは、半身である使い魔にも予想が出来なかった事態。 今までに無い大きな闇の存在を感知した瞬間、クレヴァニールの身体は掻き消えてしまっ たのだった。 しかし、その自失も一瞬のこと。 西門に目映い光が迸った。 「グウァーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!」 突然の出現にもかかわらず、それは見る見るうちに闇を包み込み霧散させていく。 「グゥゥ、何故、天使ノ…ッッ!?」 闇の中心が驚愕に震えた。 男…ヴェスターのこの偉大なる計画を積年邪魔し続けた天使は、もう消滅し存在しないと いうのに…!? はらはらと舞い落ちる羽は、白と黒。 男がそれに気づいたかどうか…。 だが、この男、その程度で消え失せる程小さな存在ではない。 クツリ…と闇の核心が嗤う。 「…フン、これでこそ面白みがあるというもの。」 これしきですんなりと手に入る世界では演出する方も観客も白けてしまうと…。 「あとは好きにするがいい…。」 そう言葉だけを残すと、闇とともにその姿も消えうせてしまっていたのだった。 それはほんの僅かな時間の間。 まさに夢の如し情景であったのだが、現実でも既に勝敗は決していた。 謎の男は逃走、その次に偉いはずの少佐も既に死亡。 そして、それに仕える兵士長達もそのほとんどが戦闘不能の状態に追い込まれており、指 揮官を失った一般兵士達は戦意をとうに喪失していたのだった。 終焉と告げるように、次々と武器が下ろされていく。 「終わったのか?」 早期戦の構えでいたヴァレリーは我武者羅に向ってくる敵を手当たり次第に葬っていた為 か、さすがの体力自慢男も疲労困憊し、その場でがっくりと肩を落とした。 その脇を悲鳴に近い叫びが三つ、疾風の如く駆け抜けて行った。 「アルフっっ!!」 「クレヴァニールさんっっ!!」 「マスターーーっっ!!」 砦の西奥で折り重なるように倒れ込む三つの影にそれぞれの声音が寄り添う。 「ああ、息がある…。」 「ええ、彼も…。」 深い溜息が彼らを包み込む。 「…マスター、良かったぁ〜。」 使い魔がすりり…と一段と青白いその頬に寄り添った。 「でも、一体何が起こったというのよ?」 「…。」 しかし、それに応える声はない。 ただ、フレーネが傍らで自分の身を掻き擁くようにして身体を震わせている。 「フレーネ、あなた、大丈夫?」 そう、今ここに倒れている者達と左程かわらない程、彼女の顔色もすぐれてはいなかった。 「あ…はい、ごめんなさい、イライザさん。」 消え入るような声でそう応える彼女にイライザは困ったように首を傾げる。 「何も謝る必要はないのだけれど…。 それより、レミィ。あなたは何も感じなかったの?」 黒き羽の使い魔はマスターの半身。 マスターに異常があれば、直ぐに使い魔にも伝わるようになっている。 そう、実際、この使い魔はそれで命を落とした事があるのだった。 「あのぉ〜…ですねぇ〜。」 レミィと呼ばれた使い魔は、黒い羽を萎らせたまましょげた声で応えた。 「私たち使い魔は、マスターが誰にも知られたくない部分には入り込めないんですよぉ〜。 でぇ、さっきのは…それだったんだと思いますぅ。」 使い魔にとって、マスターを守り通せなかったというのは最大の失態だったのだろうか。 それ以上、詳しいことも語ろうとせず、レミィはマスター…クレヴァニールの懐に入り込み、 身を沈めてしまった。 それはまるで、ぴくりとも動かない彼から僅かな温もりでも拾い取ろうとするかのように。 「はあ〜、結局何も分からないのね…。」 それはもう毎度の事ながらといえども、大きく肩を落とさざるおえないイライザである。 「おい、右奥に兵士が使う仮眠室がある。とりあえず、そこへ運ぼうぜ。」 女性陣が彼らの方へ一直線に行ってしまった為、占領後の砦内の安全の確保を一人でこな していたヴァレリーが数名のオーディネル軍兵士を連れてやってきた。 「それに俺たちも今のうちに仮眠しておかないと、こいつが意識を戻したら直ぐに本命の 作戦開始だぜ。」 そう今最も適切な意見を述べる彼にイライザが苛立ったような呆れたような笑いを浮かべた。 「あら、珍しいこともあるものね。」 「こらっ、人を何だと思ってる!?」 「彼(クレヴァニール)のお荷物。」 「ぉぃ…。」 「イライザさんもヴァレリーさんも止めてください!」 そう、この後こそが彼らの本命。 砦落としはその通過地点でしかないし、彼らにとっては戦略外の仕事だったのだ。 この先、敵側も万全の体制で彼らを待ち受けているに違いない。 あれは、ヴァルカニアの要。 数においては圧倒的不利の立場にある彼等は持久戦に持ち込まれでもしたら、それこそ勝 ち目はない。 彼らの敗北は、オーディネルの壊滅に直結する。 瞬時に決する必要があった。 それには、フレーネとクレヴァニールの協力魔法に頼るしかないのである。 「そうね。休みましょう。」 イライザは直ぐに矛を収めるとすたすたと歩き出していったのだが…。 「おい、そっちじゃないぞ!」 あらぬ方向へ歩き出した彼女を屈んだままヴァレリーは慌てて顔を上げ呼び止める。 「わかってるわよ!」 しかし、イライザは足を止める事も振り向くこともしなかった。 「でも、イライザさん。そちらは東門ですわ。」 そして、フレーネも不安げに声をかけるが、 「医者を呼びにいくだけよ。すぐ戻るわ。」 と、イライザは心配無用と片手を上げて光の中へと消えて行ったのだった。 「医者って…、まさか俺たちの街までか?」 ここバルトリック砦とマーキュレイ王国首都マーキュリアの東に隣接する彼らの本拠地で は相当離れている。 平時でもすぐ戻れる距離では絶対にありえないのだが、そこはクレヴァニールの使い魔レ ミィが造ったトランスゲートによって一瞬で街まで戻る事が可能であった。 さらに、ここから一番近いトランスゲートはヴァルカニア王国東部にある城塞都市レブラント。 そこならば、出没するモンスターに邪魔をされたとしても半日とかからずして往復する事が出来る。 だが、何もそこまで行く必要はないのではないかと思うヴァレリーであった。 「でも、ディラインさんは最も信頼出来るお医者さんですから。」 そう…イライザにとって、アルフォンスもクレヴァニールも特別な存在。 それは恋愛感情というものでは決してなく、最も挫けそうな時に彼女を生かす指針となっ てくれた人達。 あの時、アルフォンスが無力さという現実を突きつけなかったら…。 そして、クレヴァニールが彼女の想いに応えてくれなかったら…。 彼女は生きたままの屍に成り果てていたかもしれない。 全てを他人のせいにして、今でも天に悪口雑言をわめき散らしていたであろう。 「口は悪いけどな。」 そう苦笑しながら、ヴァレリーはアルフォンスを抱え込むようにうつ伏せになっている彼 を抱え上げようとする。 だが…。 「ああ〜、ダメですぅ〜っっ!!!!!」 小さな悲鳴と共に、クレヴァニールの懐から黒い弾丸が飛び出した。 それは見事にヴァレリーが顔面に激突し、ひゅるひゅると床に堕ちて行ったのだった。 「〜〜くっっ!!」 「レミィちゃんっっ!?」 ヴァレリーの手はその衝撃でクレヴァニールから離れると恐らく多少は朱くなっているで あろう眉間の辺りを抑えていた。 墜落したレミィはフレーネの華奢な手のひらの中に無事不時着している。 「レ〜〜〜ミィーーーっっ!!!!!」 「らめれすぅ〜(ダメですぅ〜)。はらひひゃ、らめぇ(離しちゃ、ダメぇ)。」 レミィはレミィでぶつかった痛みで呂律が一瞬回らなくなっていた。 しかし、幸いなことにフレーネには少しだが通じたようである。 「レミィちゃん、何がどうしてダメなの?」 レミィはまだ痛みでぐらんぐらんする頭を抱え込んでいたが、なんとか顔を上げると潤む 瞳で訴え始めた。 「離すとアルフォンスさん、闇の中から戻ってこれなくなっちゃいますぅ〜!」 「なんだ、それは?」 ヴァレリーがまだ痛む眉間をおさえながら訳が分からないという風に肩を竦めると、レミィ は困ったように唸り始めた。 「えっとぉ〜、う〜ん、あのぉ〜…。」 「闇…。」 だが、やはりここでもフレーネだけがその言葉の意味を汲み取っていたのだった。 そして、事情が飲み込めないヴァレリーの事はこの際置いておいて二人の会話は先へと進 んでいく。 「やはり、あれは闇だった…。」 「はい、マスターの…う〜ん…記憶がそう言ってますぅ。」 「では、アルフォンスさんは…。」 「あれだけ強い闇なのでぇ…微かに触れただけでもアルフォンスさんは飲まれてしまった んですぅ〜。」 しかし、そこでへこたれるヴァレリーではなかった。 「で、身体を離す離さないのどういう関係があるんだ?」 「マスターはアルフォンスさんが完全に飲み込まれる前に自分の命とアルフォンスさんの 命を繋いでしまったんですぅ〜。 だけど、それは無意識下の事だったので繋がりが弱く、身体がくっついていないとすぐ にその糸が切れてしまうんですよぉ〜。」 「分かるような、分からんような…。」 難しい事はとんと苦手なヴァレリーはとうとう頭を抱え込んでしまった。 「ごめんなさいですぅ〜、レミィ、これ以上はよく分からないんですぅ。」 「いいのよ、レミィちゃん。 とりあえずは二人を離さなければいいのよね?」 「はい!」 「で、どれくらいそのままなんだ?」 「マスターが目覚めれば大丈夫のはずですぅ。」 「こいつが目覚めなくてもか?」 「…はい。う……多分…。」 「おいおい。」 「ヴェレリーさん、レミィちゃんを信じましょう。」 「ん…、ああ、そうするしかないよな。」 だが、これではヴァレリー独りでは運べない。 かといって、いつ目覚めるか分からないクレヴァニール達を石の床に寝転がしておく訳に もいかず…。 「おーい、ちょっと手伝ってくれ!」 そう叫んで近くで待機していた兵士達数名と共に仮眠室のベッドへと移すことになった。 しかし、大の男二人が一つのベッドという訳にもいかず、更に兵士達の手を借りて二つの ベッドをくっつけそこに寝転がすことにした。 そして、ヴァレリーは大仕事を終えると近くのベッドにどっさりと腰を下ろして大きく伸 びをすると、いまだ心配そうにクレヴァニール達の傍らに佇んでいるフレーネに声をかけた。 「フレーネ、休めよ。」 「でも…、ヴァレリーさんの方がお疲れでは。」 私が起きてますから…という言葉にヴァレリーは苦笑いを浮かべた。 「次は残念だが俺たちは後方支援といったところだ。 あんたとこいつの魔法がメインになる。」 魔導砲を破壊する為には失くさなければならない魔法に頼るしかない現状。 皮肉としか言いようが無かった。 「魔法はなんといっても精神力だ。しっかり、休んどけ。」 「はい。でも、ヴァレリーさんも無理しないで下さいね。」 ここはヴァレリーの心遣いを素直に受ける事したフレーネであった。 砦の攻略自体よりも、闇の…離れていても身体の奥底から凍えるそれに心身とも衰弱して いるのは確かである。 恐らく、アルフォンスの代わりに全身でそれを受けとめたクレヴァニールなら尚のこと。 それでも、彼は今も闇の中で闘っているのだろう。 腕に抱いている男を取り戻すために…。 ならば、次の戦いで少しでも彼の負担を減らせるよう、努力しよう。 同じエンジェリック・チャイルドとして守られるばかりではなく、共に歩けるように…。 そこで、フレーネの思考はぷつりと切れた。 衰弱しきった身体と精神が、急速に深い眠りの泉に落ちて行ったのだった。 そうしてしばらくすると武器を抱えたままでいたヴァレリーは、フレーネが寝たのを確認 し大きく溜息をつく。 そう、あのように威勢をはってみたもののさすがの彼も疲労困憊であった。 砦前、そして、中でとの連戦。 僅か4人で数個の部隊を相手するのだ、並大抵の事ではない。 これがまだ前哨戦に過ぎないのは重々に分かってはいるのだが、正直両手を挙げたい気分 であった。 確かに、フレーネと共に眠りについても大丈夫だとは思う。 砦は内外とも既にオーディネル軍の占領下にあるし、ヴァルカニア側もあまり有難くない 事ではあるが、今は紋章砲を守る方に意識も人も集中させているであろう。 それを考えると、こんなところでゆっくり休憩をとってる場合ではないのだろうが、一両 日中に大きく変化が現れる程でもないと西側から攻めてきた兵士達の見解である。 急いて事を仕損じるには、あまりにも取り返しのつかなさすぎる戦いであった。 しかし…。 「くそっ、ダメだ……。」 身体は持ってはくれなかった。 徐々に重くなる瞼としばらく格闘していたが、とうとうその気力もなくなってきている。 そして、大きな身体がぐらりと傾ぐと、どさりとベッドに沈み込んでしまった。 それでも、なんとか彼は最後の気力を振り絞って声を上げる。 「レミィ、すまんが…何かあったら………起して…く……れ。」 「は〜い、ヴァレリーさんも休んでください〜。 レミィ、ちゃんと見てますからぁ〜。」 果たして、彼女の言葉は届いたであろうか? もうその時はすっかり寝息を立てていたヴァレリーある。 それからというものの眠りの妖精のくちづけに酔いしれる僅かな時間を彼らは甘受したの であった。 |
|