Justice

-4-








夜が明ける。
見渡す限りの草原にも、深い森の中にも朝の爽やかな日差しが降り注ぎ始めた。
騒々しい人間とは裏腹に、天だけはいつもと変わらぬ恵みを与え続けてくれている…そう
感じないではない日々。
それぞれの歴史を動かす人物がそれぞれの秘めた思いを抱いたまま朝は訪れた。

その頃、やっと先陣に合流したウォレスは近況の報告を受けていた。
前線司令部にいた部下には言わなかったが、先駆けを送って先陣の部隊長には指示を出し
ておいたのだ。
部隊長が着実に指示に従ってくれたおかげで人にも物資にも被害はほとんど出ず、部隊を
維持したまま敵国の司令部の直側で待機できている状態だ。



あいつは司令部に到着しただろうか…


司令部の維持は彼にかかっている。
ウォレスが部下にあんなに回りくどい指示を出したのは、むやみに動揺させない為だった。
いつ襲撃してくるかわからないという状態が長期に続けば兵の覇気が落ちる。
そこを攻め込まれれば一瞬で退路は絶たれてしまうわけだ。
退路を絶たれてしまうと先陣にいる部隊は敵中に孤立し…全滅は間逃れないだろう。
簡素な椅子にその巨体を預けながら、自然と眉間にシワが寄っていく自分に半ば飽きれて
しまった。



最近、余裕がないな、俺は…。


唇ほ端が器用に上がる。
その時、部下の一人が飛び込んできた。
「将軍!敵襲です!」
ウォレスはその声に深く頷くと、
「高台を制圧している部隊は俺たちの援護よりも自衛を心がけるよう、いいな!」
『はっ!』
高台を制圧しているとはいえこちらの援護に夢中になりすぎてその後方を叩かれたのでは
意味が無い。
そうこうしていると、もう一人部下が転がり込んできた。
「将軍!例の大臣も出陣しています!」
その声を合図にウォレスの部隊の死闘の幕が上がったのだった。


「くそっ、なかなか渋といな…。」
ウォレスは次々と近づく敵兵をなぎ倒しながら、敵の頭に近づいていく。
予想通り、高台の方は自衛で手がいっぱいの状態になっていた。
上下合わせてタイミングを合わせての総攻撃。地の理に詳しい分、敵の方が俄然有利なの
だ。
彼の部隊もかなり善戦してはいるが、被害は目を潰れるものではない。
もうどれだけの敵兵を倒したか…うんざりしてきた頃にやっと敵の頭に接近した。
大臣マクシミリアン・シュナイダー。
内偵の情報だと貴族出身で、代々騎士の家柄に生まれながら戦いが嫌いで政治家に転向。
ただ、先の戦いで戦死した父の遺言を守り騎士の称号だけは得たという。
政治家に転向後はその才能を遺憾なく発揮し異例の出世をとげた。
ぼんやりとしか見えていない視界でもその気配は感じ取れた。



くそっ、あんな後方にいたのか!


常に先頭で戦う自分とはどうも気質が会わなそうだ。
最も敵陣に近く、高台と平地の差が少なくなっている位置に彼はいた。
どうやら魔法を唱えているらしくその気配が色濃く滲み出ている。
ウォレスは一目散に彼に近づいていった。
彼の武器はブーメランの役目も果たす。遠距離から攻撃も可能だ。
ウォレスは武器をしっかりと握りなおす。
そして怒涛のごとく彼に迫って行った。
彼もその猛攻な気配を察したのか、詠唱を止め、武器を構えなおす。
互いを認識する視線が交差し、雄叫びと共に互いの武器が振り上げられた。
まさしくその時、
「両者とも、武器をおさめろっ!」
鋭い声が天から降り注いだ。
そして声の鋭さと同じ勢いで細身の剣が両者の間を割って地面に突き刺さる。
ウォレスもシュナイダーも間一髪で後退した為、その剣の犠牲になることはなかった。
その様子に周りの両国の兵士が動揺する。
そしてその波はゆっくりと戦場すべてに染み渡っていく。
全ての視線が人二人分くらいの高台の上にいる青年に集まった。
彼は背に高々と昇り始める太陽の光を浴び、その表情を薄闇の中に隠している。
不穏な雰囲気が場に流れていった。
だがその中でただ一人だけがそこに立つ青年の正体に気がついた。
彼は振り上げた武器を静かに下ろすと、怒鳴りたい衝動を堪えきれず、激高をぶつける。
「殺す気かーーーーーっ!! というより何故お前がここにいるっ!!」
その雄叫びにローランディア側は不審なその青年が自分達の最も信頼する将軍の知己だと
知って少し気が緩む。
逆にバーンシュタイン側は一気に緊張が漲った。
その時、ふと青年が動いた。
光の当たる角度が変わり、その面を徐々に露わにしていく。
硬直した戦場に一陣の風が吹いた。
青年の瞳にかかる黒曜の髪がさらりと流れる。
そこには、妖しく光る黄金の瞳と清閑な青の瞳が血なまぐさい戦場を冷たく見下ろして
いた。
『!!』
その近くにいた全員に戦慄が走る。
『ローランディアの騎士…』
『グローランサー…』
それぞれがそれぞれの呼び名でざわめく。
そしてそれは風とともに戦場に広がっていった。
ただ一人を除いて全ての者が信愛と畏怖を込めてたった一人の青年に再び注目する。
「グローランサー…。ローランディアの騎士が何故こちらに…?」
シュナイダーは敵国側の代表としてやっとその重い口を開くことが出来た。
自分でも素っ頓狂な質問だとは分かっている。
でもそれしか口にすることが出来なかった。
目の前の男はというと、何かを堪えているのか苛立たしげにその長い黄金の髪を湛えた頭
を掻き毟っていた。
青年…カーマイン・フォルスマイヤーは、静かにシュナイダーに視線を合わせる。
「!」
まっすぐに射抜くその金銀妖瞳に自分の全てを曝け出さされるようで…ふとその視線から
逃れた。



囚われそうだ…。


彼は不覚にもそう思わずにいられなかった。
「バーンシュタイン王国大臣マクシミリアン・シュナイダーだな?」
カーマインはその視線は外さず、高々と問い掛ける。
「はっ!」
シュナイダーは深々と頭を垂れる。
上司でもない、ましてや、敵の騎士に頭を下げるとは考えられない事だが、それだけに
「グローランサー」の名を戴く青年はこの世界では特別な存在なのだ。
「バーンシュタイン王国エリオット王よりの勅命だ。」
そういうと一枚の紙を彼に見えるように広げた。
シュナイダーは遠目からでもそれが現バーンシュタイン王の印章である事を見分け、再び
深く一礼する。
「この度の戦いの原因は全て解決した。速やかに武器をおさめ駐屯地まで撤退するように
 とのこと。」
そう静かに告げると間髪おかずに苛立っている自国の将に向き直った。
「ウォレス、王からも同じ内容の勅命が下った。」
そう言ってもう一枚の紙を広げる。そこにはローランディア王の印章がくっきりと浮かび
上がっていた。
だが、ウォレスにはその印章が見える訳ではない。
ただ、告げる者の言葉を信じているだけである。
「武器をおさめて撤退すんだ。」
こちらには無感情に言い渡す。



エリオットの奴め…。


ウォレスはかの少年の強かさに関心する反面、少しうんざりとしていた。
エリオットの判断は正しいのだ。
この最も激しい最前線の戦いを全ての兵に納得させて止めるには先の戦乱の英雄である彼
が直接訴えることが何よりも効果的なのだ。
それでも…彼を駒のように使われるのはいただけなかった。
さらにこういう事は彼の一番苦手とする事であることをウォレスは重々承知していたからだ。
そんな事をまだ冷めていない頭の中でぐるぐると考えていると、すぐ間近に彼の気配を感
じ、苦虫を潰したような顔でそのまま相対した。
「なんて顔をしているんだ。ほら、さっさと部下を纏めて撤退しろ。」
そう素っ気無く言いのけると通り過ぎざまに、



俺なら大丈夫だ。後でゆっくり事情は説明する。


とウォレスしか聞き取れない程度の小声でそう伝える。
それを聞いて彼は諦めにも似た大きな溜息を吐くと、
「撤退する。」
と短く部下に伝達し、まだ武器を下ろしたまま硬直しているバーンシュタイン兵を尻目に
さっさと撤退していった。
カーマインは足早にシュナイダーに近づき、その困惑した顔にふうわりと微笑みかける。
「全ては君の友人に感謝するといい。
 彼と彼の仲間の尽力のおかげでこの戦いを起こした原因を突き止める事が出来たのだか
 ら…。」
「ウェインが?」
彼から意外な人物の名を聞いたシュナイダーはさらに困惑していった。
「彼は罠に嵌められたんだよ。君のそっくりさんを使ってね。」
そう言って彼は手近に突き刺さったままの剣を思い出したように無造作に抜き取る。
さっと周囲に緊張が走った。
だが、カーマインはそれを意に介した様子もなく、そのまま鞘に納めてしまう。
「私にそっくり?」
「そう。君の秘書とそのそっくりさんがグルでね。」
短くそう要点だけを告げる。
「ウェインとは会われたのですか?」
シュナイダーは率直に疑問を口にしてみる。
「偶然だったな。堰が切られた時、それを目撃した第三者が実はいたんだよ。
 彼らはなんとかしてこの愚かな戦いを止めようとしてローランディアでその人を探して
 いる最中に知り合いの病院でね。」
彼にしては珍しく長い説明がついた。
「病院?誰か怪我をしたのですか?」
「あぁ、ウェインがね。俺の知人が賊に襲われたのを助けてくれた時に毒矢にあったらし
 い。」
シュナイダーは淡々と語るカーマインの言葉にウェインに会った時の自分の態度の数々を
思い出していた。



私は彼を責めなかったか?
自分を裏切ったとばかり思って…友なのに信じきれなかった!?


街で偶然再会した時、その絶望感に駆られ、彼を責めた。
戦争嫌いな自分を知っていながら、どうして争いの火種を蒔くと…。



彼はどういった?

《違う…俺じゃない、俺じゃないんだ!マックス!》

彼は必死に訴えたのに、私はそれにも耳をかさなかった。


自分の情けなさに目の前にいる英雄の顔を直視する事ができず、少し俯いた。
それでもシュナイダーはたった一つ確認しなければならなかった。
「それでウェインは?」
「今はローランディアの首都で療養中だよ。
 ここまでかなりの強行軍だったからね。あの身体で無理をしすぎた。」
彼はさらに俯く。
自分の偽者に騙されたウェイン。
だが、彼は自分を責めなかった。
それは自分を信じていたからではないか?
戦争を嫌う自分がむざむざ戦いの火種を起こすような愚行は犯さないと…!
あの男は実直だ。
恐らく、誰が起こしたかわからぬその愚行の為に最も嫌う場所に借り出された自分を想う
故に2国から追われながらも真実を追い続けたに違いない。
自分は友として権力者として最も庇護しなければならない人物を最も追い詰めてしまった
のだ。
目の前の英雄はそれに気付いているのだろう。
その色違いの瞳に宿る光はまるで自分の心の奥にある泉のように暗く不安定に揺れている。
そんな思考に囚われていたシュナイダーはそのまま黙り込んで立ち尽くしてしまっていた。

そしてカーマインも自分とさほど年の変わらぬ若き大臣に全ては語らなかった。
嘘はついていない。
そんな事をしてもこの賢人な大臣はすぐに見抜いてしまう。
そしてそれは誤解を生み、彼らの努力も無に帰することになりかねないからだ。
ただ肝心な部分が抜けているだけ…それだけであった。

堰を破壊した犯人を目撃したのは、先の戦乱でともに戦ったカレンという女性であること。
彼女が犯人達の追っ手を逃れ隠れる為に隠れた場所が彼らに抑えられ、ウェイン達は偶然出
会った彼女の兄ゼノスと共に救出にむかったこと。
敗北を決した追っ手の一人が死に際に目撃者だけでも消す為に放った毒矢から彼女を庇い
ウェインが倒れたこと。
出会いこそ偶然であったゼノスが自分の命でウェイン達を庇護兼監視役として同行したこ
と。
そして…この強行軍のせいで毒の完治をしていなかったウェインの命が非常に危うかった
こと。

彼は気付いているだろうか?
そんな想いの行き違いが時として彼が最も嫌う戦争を起こすきっかけになることを…。



今回の事で気付けばいいのだがな…。


カーマインは気取られぬようにそっと溜息をつく。
ここ数日の内偵調査と慣れぬ役目ばかりを仲間に押し付けられたせいで体力的にも精神的
にも限界が近づいていた。
ふ…と目の前に暗幕が降りかけるのをありったけの気力で踏みとどまる。
何が大丈夫なのか…ウォレスに言った言葉に心底苦笑する。
今だ、本調子でない自分の身体に苛立ちが募るが、倒れる前に早々にこの場を処理しなけ
ればならない。


「さて、シュナイダー大臣。」
こう切り出して思考の泉に沈んだ彼を現実に引き戻した。
「今後の指令はこちらの文書に記されているそうだ。」
そういってエリオットから直接受け取った封書をまだ呆然としているシュナイダーに押し
付ける。
「……完全撤退ではないのですか? まだ戦争は終わっていないと?」
彼はなんともなしに聞いてみた。
カーマインはローランディア側の人間なのだからそういう事情を聞くのはお門違いも甚だ
しい。
だが、戦友とはいえ直接勅命を預けるほど王が信頼している人物ならばその理由を知って
いるのではないかと思ったのだ。
「さぁ?俺はローランディアの人間だからな。」
そう、在り来たりの答えを戦乱の英雄は返す。
当然だな…と納得しながらも少し残念に思うシュナイダーに次の言葉が驚愕をもって襲い
かかる。
「ただ…オスカーやジュリアの危惧を王はお認めになった…ということだろう。」
何か思案気に語る青年の口から出てきた名前はシュナイダーにとって無視することが出来
ないものだった。



オスカー・リーブス卿
ジュリア・ダグラス卿


バーンシュタイン王国が誇る最強の騎士団インペリアル・ナイト。
剣術・指揮能力・人間性全てにおいて秀でた者しかその称号を手にすることができない。
彼らの威力は一人が一国分の兵力と同等と言われている。
一年前までは4人いたナイトも、先の戦いで二人が欠けた。
前王リシャール王とアーネスト・ライエル卿だ。
リシャール王は戦いを起こした主犯格の一人として戦乱の中で死亡、それに加担したアー
ネスト・ライエル卿は国外追放処分となっている。
何故、あれほどの戦いを起こした者に加担したライエル卿が死罪ではなく国外追放程度の
処分で済んだのか…?
現王エリオット王は、今までの彼の国の貢献を考慮に入れての処分だと皆を納得させたそ
うだが、真実は闇に葬られたままだ。
恐らく、目の前にいる青年は知っているのであろうが…。
そして…インペリアル・ナイトは、彼の親友ウェイン・クルーズが目指している夢だった。
そっと瞳を閉じ、彼の笑顔を思い出す。
騎士見習いの時、昼夜問わずして語り合った互いの夢、自分はその夢さえも摘み取ってし
まうところだったのだ。
あまりにもの己の不甲斐無さに苛立ちを覚える。
だが、いつまでもそうしていられない言葉が彼をすぐに冷静に戻していった。
「そういうことですか…。」
これと言って確証があるわけではない。
だが、指揮官の能力に秀でているものであれば漠然とその予測はつくというものだ。
「ふっ…、どこにでも大きな動乱に乗じて新たな種を撒き散らす者はいる。」
カーマインはそう一笑に伏して言い捨てるとまっすぐにシュナイダーを見つめる。
一瞬、視線が絡み合った。



まただ…。


全てを見透かされ、絡みとられていくような…。
決して不快ではないのだ…ただ……。



怖い…。


この場から逃げたしたい衝動を何とか抑えながら、彼はじっと己の内なるものを隠し続け
た。
永遠の平和を望む自分の計り知れない闇を今彼に見透かされる訳にはいかないのだ。
ぐっと拳を握り締め、全てを振り切るかのように軽く頭を振ると、
「了解しました。それではバーンシュタイン軍全軍今より撤退を開始します。」
そう言葉を繋ぎ、手近にいる部下達に指示を出した。
見たところ既にローランディア軍の兵はそのほとんどが撤退を完了している。
その中で呆然と立ち尽くす兵達を少し哀れに思いながらも安堵せずにはいられなかった。
どんな形であれ、少しでも無駄な血が流れない方がいい…。
そして彼はこの場を辞する為に何かまだ思案気に佇む彼に手短に
「では、私もこれにて失礼致します。」
挨拶を済ませ、軽く会釈をするとその場を後にした。
「あぁ。」
カーマインも一言発しただけでただその背中を見送っている。
シュナイダーはその時振り向くべきだったのかもしれない。
それ故、彼は気付かなかったのだ。
彼の背中を見つめる英雄の黄金と青の瞳がこれから起こる悲劇に悲しく揺れているのを…。
もし、見ていれば……何かが変わったかもしれない。






*next*