Justice

-5-








戦乱の英雄は、吹きすさぶ風の中、戦場跡に独り立ち尽くしていた。
風は血の臭いを運びながらまた彼の周りを駆け巡っていくのだった。


「おい!!」
聞きなれた野太い声に視線を軽く向ける。
「いつまでそうしてる気だ、まったく!」
そう狭くもない場所でこんなにも至近距離にまで彼が近づいてきていたのを気付かなかっ
たとは…。
カーマインは自嘲気味に微笑みをたたえる。
「ウォレス…。」
「そんな顔色して…いつまで突っ立ってる気だ? さっさと帰るぞ!」
そう言い放つとその細い腕をきつい程にしっかりと握り、自分の方へと乱暴に引き寄せた。
「!!」
その反動でカーマインは引き摺られるように彼の腕の中へと吸い込まれていく。
「ちっ!!」
自分のとった行動が一瞬、現実にあった夢と重なり合い、思わず舌打ちをした。
「何を苛立っている…?」
彼の苛立ちの原因ともいえる張本人が呑気にそんな問いをかける。
「!! ……あのなぁ!」
と凄みかけて、ウォレスは止めた。
無駄なのだ。
彼になんと言おうと…自分は勝てない。
「とにかくだっ。俺は司令部の大掃除をしろと部下に伝えたはずだが、どうしてここにい
 るんだ?」
それとも部下が伝え損ねたか?と…そんなことは絶対にないとお互いが確信しているがそ
う言ってみる。
「いや。気の毒なくらいちゃんと伝えてくれたよ。」
彼はそういうと幾分も高い彼の顔を見上げ、
「だからちゃんと大掃除しておいただろう? 何か問題でも?」
ただお前の部下を使ったまでだ…と悪戯な笑みを浮べる。
実際、彼の部下達はカーマインの指示をよく聞き、司令部には全く被害が出なかったのだ。
カーマインは確実にウォレスの伝言を果たしていた。
どちらにしろ親書を持っていたのだからカーマインはここにやって来ざるおえなかったの
だが。
しかし…、
「エリオットもやってくれる。お前を伝令に使うとはな。」
少し憮然と言い放つ。
そんなウォレスの態度を見て、カーマインは曖昧に肩を竦める。
「ふふっ…、だがそれが一番効果的だ。彼の判断は正しいさ。」
「で…どうだったんだ、実際のところは…。」
そう切り出しかけたが…彼が憔悴の色を含んだ複雑な笑みを作ったので、
「……わかった、場所を変えよう。」
と静かに言うと、お互いが並んで早々に戦場を後にした。


彼らは司令部にそのまま戻らず、ローランディアの領地内にある、深い森の中を彷徨って
いた。
そこには前戦争においてメンバーの間で暗黙に決められた連絡場所がある。
連絡場所といっても建物があるというわけでなく、小さな泉があるだけの平凡なところな
のだが…、その方が何より彼らには都合が良い。
彼らがそこに辿り着いたときは既に濃い闇の懐に抱かれ、これから交わされるであろう会
話にはうってつけの舞台であった。
月の光が優しく水面を照らし、さながら、地上の月を作り出している。
二人は泉に最も近い大樹にその身を置いた。
そして間をおかずカーマインは、マクシミリアンに話した内容に重要な部分を付け足して
ウォレスに報告する。
「…そうか……。」
ウォレスはそう短く応える。
この先を言いよどみそうになる自分にガラでもないな…と顔を歪ませその重い口を開いた。
「ところで…だ。お前はあの男、どう思う?」
「彼の正義は定まっている。今更どうしようもないだろう?」
一応、釘は刺しておいたけどね…と、こちらはいともあっさりと応える。
「どうするつもりだ?」
「俺か?別に…。」
そう言いよどむとその違いの瞳は淡く輝く地上の月を見つめた。
彼はそこに何を見ているのか…。
しばしの沈黙の後、ウォレスの方に何かを振り切るようにさっと向き直り、ごく当然のよ
うにこう言いきった。
「ただ、奴が俺の前に立ち塞がるようであれば…戦うまでのこと。」
「クっ…、やはりな。」
彼らしい答えに頼もしげに笑うと、
「きれる男だ。平和な時代に生まれていれば……残念なことだ。」
それはまるでもう見えている未来かのようにウォレスはその男を哀れんでいた。
「もう一人の方はどうするんだ。」
「今はゼノスが付いてるが、俺もこの後合流する。」
「………止めても無駄だな。」
ウォレスがそう半ば投げやりに応えると、少し悲しげにカーマインは表情を曇らせる。
そして彼は再び静かにさざめく水面に目を向けた。

正義など、その時代が求めるものにより変化するものなのだ、過去においても未来におい
ても…。
そしてその正義は価値観の違いにより型を変え、時には無二の者達まで道を違わせてしまう。

そう…一年前の、リーブス卿とライエル卿のように………。
最高の人格と評された彼らでさえ、それらからは逃れられなかったのだ。

カーマインは思う。
あの時、自分の命が消え行く中、己の弱さに負けてヴェンツェルの支配下を受けていたら
俺は彼らと同じようにこの男と道を分けていただろう…。
いや、彼だけではない。義母であるサンドラや義妹のルイセ…そして全ての人々と…。
自分を常に正気に繋いでいたのは仲間達であった。
彼らの存在という固い鎖があったからこそ自分は迷わずに今ここにいることができる。

地上の月にそっと願う。
自分がウェインを繋ぎとめる鎖の一つになれるように…。
それは彼にとってとても過酷な道になるであろうが…そう願わずにはいられなかった。

静寂の中に深い沈黙が流れる。
ウォレスはそんな彼の様子をじっと窺っていたが、そのまま待っていても埒があかない
ことを経験上知っているのでそっと背後に近寄り、自分の方にそっと抱き寄せる。
「また、つまらん事を考えていただろう、お前は…。」
「!! つまらん…って…ただ彼のことをね。」
「あぁ、あいつはある意味1年前のお前に重なるな。」
とそこで一息おき、
「だがな。奴の道は奴が選ぶんだ。俺達はどうにもできやしねぇ。」
ウォレスはそう言って真っ直ぐカーマインの不安定に揺らぐ色違いの瞳を射抜く。
「さて、そろそろ帰るか。あまり遅くなると捜索隊が出るぞ。」
そう豪快に笑うとそのまま彼を軽々と担いでその場を去っていった。
カーマインはしばらくウォレスの肩の上で暴れていたがやがて力尽きたようにぐったりそ
の身を任せて深い眠りの中に急速に落ちていった。
そんな彼らを天と地の月は優しく見守り、行くべき道をその光でそっと照らし続けいくの
だった。


運命の輪は回り始めた。
ウェイン・クルーズとマクシミリアン・シュナイダー、この時より二人は大きく道を違え
ることになる。
そして終末の日はそう遠くない未来に訪れるのであった。







-THE END-











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