Justice

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「ウォレス将軍!!」
緊張に張り詰めた声が悪夢から呼び戻す。
目を開けたからといって、そこが楽園という訳でもないが、幾分かマシなのか?
「何だ?」
大きく溜息をついて目を開ける。
いや、開けたところでそれが相手に見える訳ではない。
亡くした視力を少しだけ補う装置のおかげだ。
木漏れ日が降り注ぐ中、幹に凭れて座っていたその巨体をのっそりと起こす。
「…また眠っておられたのですか? もう!ここは前線なんですから少しは気をひきしめ
 て下さいっ!」
ここは彼らが属するローランディア王国と敵国バーンシュタイン王国との国境。
1年前、人類の脅威に全てのわだかまりを捨てて協力しあった国々が再び戦火を起こした。
発端はローランディアとバーンシュタインを流れる河の堰を何者かが破壊したことから始
まった。
下流にあるバーンシュタインの一部の村とローランディアの村はそれにより多大な被害を
被ったのだ。
また、それを破壊したのがバーンシュタインの騎士だという噂が流れた。
事実、無実の罪を着せられた少年騎士とその従者達は2国から手配され追われる羽目に
陥っている。
きっかけはちょっとした簡単な罠。
それでもそれにひっかかる単純な人間が国の頂点にいてはどうにもこうにも防ぎようにな
い。
ローランディア王国、バーンシュタイン王国とも今は新王が治めている。
両国の違いをいうならば、ローランディアは賢王から愚王へ、バーンシュタインは支配者
から賢王へという点であろうか。
いや、バーンシュタイン前王…前の戦いで敵ゲヴェルに現王エリオット王の替え玉として
創られたリシャール王を支配者というのは不適格かもしれない。
彼だとて自分の存在意義を知らなければ、きっと賢王になっていたに違いないのだから…。
ウォレスは苦々しげに舌打ちした。



何が俺は叔父上とは違うだ!馬鹿も程ほどにしろ…。


ローランディア現国王はそう意気揚揚と言って戦火を起こした。
その事件の真相を調べもせずに…だ。
ウォレスは居た堪れない心地に顔を歪ませた。
あの戦いの中、最も忌むべき者に自分達の安らぎの地を消滅させてまで協力してくれた有
翼人種であるフェザリアンに立つ瀬が無い。
彼らの女王に、民の反対を押し切って協力させたのは自分達なのだから…。
彼らは争いを好まない。よって愚かな争いを繰り返す人間を忌み嫌っていた。
終戦後、住む地を亡くした彼らを受け入れ、そして戦いをできるだけ起こさないよう、約
束したはずなのに…たった一年にしてこの有様だ。



前王アルカディウス王であればこのような事には…な。


亡くしてしまった人を思ったところでどうにもならないが、国に使える身としては度々思
わずにはいられない。
「将軍? そんなに眠たかったのですか?」
ですが…と申し訳なさそうに続ける部下を不憫にも思いながら手で制した。
「そういう訳ではない。」
ウォレスは自嘲気味に唇の端を吊り上げる。
自分はそんなにも感情を露わにしていたのか…。
それもこれもあんな夢を見たせいかもしれない。



終わった事に何を苛ついているのだ、俺は…。


「あー、そういえば。あの御方、今回は長いですねぇ。」
何かを思い当たったように部下はしみじみと言った。
ウォレスの身体がびくんと跳ねる。



そうだ…奴がいないから…いや調査を頼んだのは俺だ。

でも、連絡のひとつくらい…。


「珍しいですよね。もう一週間になりますよねぇ、連絡が途絶えてから。」
彼の苛立ちに追い討ちをかけるように部下は言葉を繋いだ。
その一言にウォレスは拳をきつく握り締め、今にも噴火しそうなやり場のない怒りをなん
とか抑えた。
「そんな事はどうでもいい。」
言葉とはうらはらに拳が震える。
「何か用があったのだろうが!早く言え!」
唸るように言い捨てる。



みっともないが八つ当たりだ。


その低い怒声に部下は驚き身体を硬直させる。
もともと大柄で凄みのある容姿に歴戦のオーラがある彼は戦闘中でもあまり感情をあらわ
すことはない。
彼が怒声を上げるのは滅多にないのだ。
「あっ…あ…の…。」
すっかり萎縮した部下に申し訳なく思いながら、ウォレスは大きく溜息をつくと、
「すまん。ちょっと夢見が悪くてな。…でどうした?」
できるだけ相手が安心できるように声を和らげる。
といっても元来声が低いのでそんなに変わらないのだが。
それでもその努力は功を奏したか、部下もやっと本来の目的を告げる事ができた。
「はっ! 先の戦闘で敵の司令官討ち取りました!」
誇らしげに言い募ると一息ついて、
「先陣は既に敵の司令部の間近に接近しています!」
それは勝利に満ちた響きだった。
だが、ウォレスは顔を曇らせる。
敵の司令官は目ではなかった。それよりもその後ろにいる副官の存在が気になっていた。
長年の勘が警告を鳴らす。
奴は危険だと…。
しばらく思考の波に身を委ねてみる。
あの男…確か大臣だと言っていたが…なかなかどうして梃子摺らせてくれた。
司令官がいなくなったとなると彼が全面的に指揮をとるはずだ。



何かあるな…。


先程まで寄りかかっていた木の幹に再び身体を預けて黙り込んでしまった彼を部下は黙っ
て見守っていた。
その瞳には尊敬の念が絶えない。
なんといっても一年前の戦争の功労者の一人なのだから。
視力を失い、利き手を失っても、いまだ前線に立つ勇猛な戦士。
彼はそんな将軍がグローランサーと呼ばれる青年の横に立っている姿を見るのがとても好
きだった。
グローランサー…世界が瀕した時、その世界を二分化する事で人々を救った光の救世主を
指す。
1年前の戦乱の英雄であるその青年はその命をかけて世界を救ったことから信愛を込めて
人々にそう呼ばれるようになった。
青年の黒曜の髪と、性格を現しているかのようなまっすぐな黄金の髪を持つ将軍は並ぶと
とても絵になるのだ。
そして彼らと関わりあえる自分の人生を誇りにも思う。
そんな事を徒然に思い描いていると、鋭い声音に目を覚まされた。
「出るぞ!!」
そうウォレスは言い放つや否や、さっさと木の下を離れ、司令部のテントへとその巨体を
消していた。
一瞬、反応の遅れた部下が振り返った時には既にその姿は無く、慌てて後を追う羽目に陥る。
遅ればせながらテントに入ると、既に各々に指示がとび、将軍自らは出撃準備を完了して
いた。
呆気にとられ入り口で佇んでいる部下を見つけたウォレスは気にするでもなく彼にも指示
を出していく。
「俺はこのまま速攻で先陣と合流する。」
「兵の編成は?」
いくら雄志の彼でもそんなに早く編成を済ませる訳はない。
「いらん。俺一人でいく。」
だが、彼は当然のようにとんでもないことを平然と言ってのける。
「!! そっそれはっ!!」
驚いた部下はなんとか止めようと言葉を探すが、早々出てくるものではなかった。
「あの大臣殿は油断がならん。大勢でいっては奴の思う壺だ。それに少し調べたい事もあ
 るから小回りが利く方がいい。」
「ですが、いくらなんでも一人というのは…。」
なんとか食い下がろうとしている部下を尻目にウォレスは颯爽とテントの出入り口まで歩
を進める。
そして出ようとしたその瞬間何かを思い出したように振り返り、彼に最後のそして最も実
行に困難な指示を与えた。
「俺の留守中に奴が戻ってきたら引き止めておいてくれ、いいな?」
それの難易度に気付いた彼は半泣き顔で上司に泣き言をいう。
「将軍…そんな無茶なぁ。」
グローランサーと呼ばれる青年は、前王の崩御後、あまり軍には関わらないようになって
いた。
稀にウォレスとの連絡に現れたりはするがどれも長居することはない。
「じゃぁ、奴にこう伝えろ。俺の留守中、本陣の大掃除でもしてろってなっ!」
そう言い置くと彼は今度こそその姿を完璧に消し去った。
司令部の残雑な部屋の中には、慌しく動く兵士と涙目の部下が一人、ぽつんと残され、彼
は呆然とこう呟くのだった。
「…グ……グローランサーに…大掃除しろだなんて…俺…殺されるぅ。」






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