+++ 月の奇跡 +++








時間は誰しにも平等にそれを与える…というが、それは一概に言えないものだ。
空高く白々と浮かぶ少し濁った月を仰ぎ見ながら、宿命の悪戯に見込まれた者達は重ねた
月日にそれぞれの感慨にひたっていた。
新たな…宿星の集いに祝福を…。



現在、その勢力を対立させている新同盟領、ハイランド王国領から幾分か外れた四方を高
い山に囲まれたわずかな平地にある小さな村、《クロム》。
北東から北へかけて大きな鉱山があり、真北に位置する山の麓にはそこに働く者達が築い
た都市、《ティント》がある。
ここでは鉱山からとれた鉱石を使って様々の武具や機械が製造される、いわば鍛冶屋の街
でもあるゆえ、腕に覚えのある職人も多く、品質の良い武具や機械が日々忙しなく製造さ
ていくのだ。
四方を山に囲まれ、農耕や放牧には向かないこの荒れた土地での生計はほとんど貿易に頼っ
ていると言っても過言ではない。
さらに最悪な事にこの土地に出入りする為の道は東にある山道を抜けていくしかないのだ。
この山道の両出入り口には、西の《ティント》側に《虎口の村》、東の《コボルト村》側
には《竜口の村》があり、関所の役目を果たしている。
現在、東に広がる新同盟軍と北東に広がるハイランド王国軍は激烈な戦闘状態にあり、《
ティント》市市長グスタフは両者の行く末を見る為にこの山道を閉鎖したままにしていた。

だが、その《ティント》市もこの戦いを傍観している場合では無くなってしまったのだっ
た。

ハイランド王国に属する魔物の襲撃。
先に山道に砦を築いていた《ティント》の山賊が新同盟軍に助けを求め、それを足がかり
に、新同盟軍は同市長と会談、盟約を結ぶことに成功。
ティントを攻めてきた魔物により、星達の因縁が巡り、新たな星を呼び寄せ、新同盟軍は
これにより更にその力を得ることになった。
そして今、寂れた小さな村でその星達は因縁に決着をつけるべく、その前夜をそれぞれの
思いを抱いたまま、静かな眠りにつこうとしている。

だが、何も、闇の中で眠りにつく者ばかりではない。

満天の星空をその少し疲れ切った瞳に映しながら、少女はふと笑みを懲らす。
いつまでこの星空を見続けなければいけないのか…。
そんな事はとうに諦めたことなのに…、己の知らない重い運命を背負った者達を見ている
と、つい遠い遠い昔を思い起こしてしまうのだった。
常闇に散らばる星達の中に燦然と輝く、細い月。
少女はそれを射抜くように瞬きもせず見つめ、
「やっと…。
 やっとじゃ…。」
その愛らしい顔には似つかわしくない言葉をぼそりと洩らす。
村が壊滅し、追って、追って…どれほどの月日が流れたかも忘れる頃に、最も大切であっ
た同胞を手にかけた。
様々の事情から、時間の流れから逸脱した者達の村…《蒼き月の村》。
少女はそこの始祖であった。
既にその村は滅び、彼女はその原因を追って気の遠くなる時間を旅している。
少女はそっと自分の右手を目の前に翳した。
血塗られた手はどれだけの同胞の血を吸ったのだろうか。
そして…、
「リイン…。」
つい口をついて出たその名に自嘲の笑みを浮かべようとしたその時、
「な〜んだ、妖怪オババは意外と未練がましいんだな。」
と嘲りを含んだ声が耳に届く。
否、届くか届かないかのところで、その長く鋭利な爪を繰り出していた。
「誰が、オババじゃっ!」
《バンパイア》の始祖を嘲るだけに相手も器用にそれを難なく避ける。
「ったく!!
 オババは気も短いから手に負えない!!」
立て続けに繰り出される物騒な爪をさらりとかわしながらも武器を出すどころか反撃も加
えず、軽い身のこなしで民家の塀の上に飛び乗った。
「ちょこまかと逃げるでないっ!」
少女はまるで体重を感じさせないような跳躍で相手を追ってふうわりと同じ塀の上に立つ。
まるで彼らの再会に天が祝福しているかのごとく、月は笑みを浮かべ、二人を闇が支配す
る世界に浮かび上がらせていた。
「…何故ゆえ、おんしがここにおるのじゃ!?」
少女は苦々しく思いながらも、戦意を納めた。
「俺にもわからん。」
男はふざけたように肩を軽くすくめる。
「まぁ、騙し抜かれて重労働だけをさせられ情報一つも得られなかった男に神様が哀れん
 だんだろう?」
そのはっきりとした嫌みに、少女は苦笑いを浮かべ、
「迷子か…。
 ほんに…おんしらしいのぉ。」
そして、ほとほと呆れたと言わんばかりに軽く頭を振った。
「う…っ…うるさい!!」
真実という名の的を正確に射抜かれた男は慌てて否定しようとして逆に肯定の意を示して
しまう。
そんな変なところで鈍くさい男に、少女は僅かな安堵を覚えた。
だが、その感情に少女は濃く自嘲の笑みを浮かべると、彼の旅の目的をふと思い出し、口
に出してみる。
「………まだ、追っておるのか、真の紋章を。」
ナッシュ…と、たった一度共に死線をくぐり抜けた相手の名を呼ぶ。
「あぁ…、あんたもか。」
シエラ…と男は呼んだ。
シエラと呼ばれた少女は軽く頷くことでそれに応える。
しばしの間、沈黙が重く流れた。
ただ、互いを見つめ合う二人の間を、静かに風が吹き抜ける。
シエラの白銀の髪がふうわりと舞い上がり、色素の薄い顔を撫でていった。
そしてそれが沈黙を破る合図かのように、彼女は音もなく滑るように彼に近づくと、男の
明るい栗色の髪に細い指を絡めとる。
「前にも聞いたが、真の紋章を知ってどうするのじゃ?」
男自身には多少問題があるが、この髪だけはシエラのお気に入りだった。
「さぁな…。」
ナッシュは、自嘲気味な笑みを曖昧に浮かべた。
自分の目線からは遙かに下にあるシエラの行動に不可解さを感じながらも、振り解くこと
もせず、それどころか、見下ろすように顔を下に向けたのだった。
「相変わらずじゃな…。」
いつも自分の事は適当にはぐらかすナッシュに呆れたようにシエラは呟く。
「それはあんたもだろう?」
この男は言葉を飾らない、その戦い方と比べると恐いほど真っ直ぐな男だ。
だから、自分はこの男を邪険にすることも殺すことも…ましてや仲間にすることもできな
いのだ。
シエラは、クツクツと嘲う。
「まぁ…よいわ。
 どうじゃ、真の紋章を知りたければ、今ここに三人ほどその継承者がいるぞ?
 その者達に聞いてみればどうじゃ?」
わらわも入れれば四人じゃな…と悪戯に嘲う彼女にナッシュは顔を顰めた。
「四人もいるのか!?」
調査をしてまだ日が浅いとはいえ、この辺境にある小さな村にそれだけも集まるとはナッ
シュは思っても見なかった。
怪我の功名ともいえるが…胸中、かなり複雑な思いが重くのし掛かる。
これの為に様々な土地を駆け巡っていた今までの苦労を考えると何ともいえず情けなくなっ
てきた彼に、シエラは、
「珍しいことでもあるまい?
 今は亡き赤月帝国にもやはり四人の継承者がいたぞ。
 じゃが、うち二つはトラン解放戦争後、行方不明じゃ。」
と、指折り数えながらいとも面白気に話す。
だが、以前はまるで何も知らなかったシエラに誰が教えたかは分からないが、残念なこと
に彼女の知識には少々欠けている部分があった。
赤月帝国に居た真の紋章の継承者・所有者達は、新たに得た者をを含めると、同戦争時に
は九人も居たことになるのだが、それも正しいかどうかは不明である。
一般的に知られたところでは、
   《表の門の紋章》宮廷魔術師・ウィンディ
   《裏の門の紋章》ウィンディの妹で占術師・レックナート
   《覇王の紋章》赤月帝国皇帝・バルバロッサ
   《生と死を司る紋章》解放戦争の英雄である解放軍のリーダー
   《真なる風の紋章》レックナートの養い子・ルック
   《夜の紋章》解放軍メンバー・ビクトール
   《竜の紋章》竜洞騎士団長・ヨシュア
   《八房の紋章》ウィンディの部下・黒騎士ユーバー
   《月の紋章》ウィンディの部下・ネクロード(但し、真の継承者ではない)
27あると言われる真の紋章のうちこれだけのものがあの戦争に関わっていたと言われて
いる。
そして、現…後にデュナン統一戦争と言われる戦いにおいては、新たに、
   《始まりの紋章》
     <輝く盾の紋章>新同盟軍リーダー
     <黒き刃の紋章>ハイランド王国新皇帝・ジョウイ=ブライト
   《獣の紋章》ハイランド王国皇子・ルカ=ブライト
   《円の紋章》ハルモニア神聖国神官長・ヒクサク
   《真なる土の紋章》ハルモニア神聖国神官長・ササライ
が加わることになる。
そして、ナッシュはその内の一人、《円の紋章》の継承者であるハルモニア神聖王国の建
国者であり400年以上もの長きに渡り現在も神官長として君臨しているヒクサクから、
真の紋章の存在の確認及び可能であれば入手せよという命を請けていた。
確かに、これまでの旅の中にも真の紋章と出会う機会はあったが、入手は到底困難を極め
るものだった。
淡い新緑の瞳が忙しなく動く。
この…一癖も二癖もある吸血鬼の始祖が、真実を告げているとは限らないのだ。
だが、彼にはシエラが根っから嘘を言っているとは思えないでいる。
全てを信頼している相手でもなく、また確証がある訳でもないが…、それは、特殊任務潜
入員という仕事を生業としている者の勘ともいうべきところから出てくるものだった。
せっかくのチャンスをどうするかと試行錯誤をしている彼に、
「それと、これは心からの忠告じゃが…。」
と、シエラは彼のふわりと長い前髪を玩んでいた青白い指を、男のやさ顔には似合わない
薄汚れごわついた服をぐぃっと掴み、力の限り引き寄せる。
その細腕からどんな力が出てくるのか…決して華奢な身体ではないナッシュの身体がよろ
け、塀から落ちることは間逃れたが、不覚にも目の前には彼女の蒼く輝く透けるほど白い
憎らしいほど愛らしい顔が触れるほどにまで迫っていた。
「決して、真の紋章を継承者から奪おうとは思わぬ事じゃ…。」
目の前が真紅に染まる。
それまでに、シエラの血を落としたような紅い瞳が月の光の祝福を受け、妖しく輝いてい
た。
ナッシュはごくり…と息を飲む。
更に、彼女は手に力を込め、
「おんしが誰ぞの命で動いているかなぞは知らぬし、興味もないが…。」
「!?」
「せっかく仲間になってやろうかという奇特なおんしを生かしておく手はないからのぉ。」
と、首元で血の滴るような紅い唇でそっと囁きかける。
妖しく微笑むその隙間からは冷ややかに光る牙が彼の張りのある細やかな皮膚に突き立てた。
「!!」
一瞬、身体が硬直する。
ちくりっとした痛みに、ナッシュは顔を顰めるが、力任せに振り解くこともせず黙ってそ
の行為を甘受していたのだった。
「ふむ…相変わらず…まずいのぉ…おんしのは…。」
だが、当のシエラはそう不満げに呟きながら、彼の背中をぽんぽんと叩く。
「おや?
 まだ、この物騒な武器を持っておったのかえ?」
それは継承者であるナッシュでさえ使用することを自ら禁じている《双蛇剣グローサー・
フルス》である。
双蛇の名の通り、一対の剣でトリッキーなことに伸縮自在ときている。
白い柄の方を《ヴァイス》といい、鞭状に可変する刀身には猛毒《ゾディアック・タワー
》が塗られている。
そして、黒い柄の方を《シュバルツ》といい、《ヴァイス》と同様の特性を備えているが、
その差異は今のところ未知となっている。
ナッシュはびくりと身体を強張らせると、その緊張を誤魔化すかの如く、ひらりとシエラ
の腕の中からすり抜け、5m程後方に跳びすさった。
「血は吸わないって約束だろう!!!」
と、夜の闇の中でも分かる程、顔を見事なまでに赤く染めてあげている。
それ故か、その声に音量の割には迫力というものが少しも感じられなかった。
シエラの方も、何を今更…と呆れたように首を竦めている。
まったく油断も隙もない…と咬まれた首筋を撫でながらナッシュはくるりとシエラに背を
向け、
「ったく、無駄な時間を過ごしたぜ…。」
と、ぼやきながらその身を月の加護から離れた場所へと流れるように移動させていった。
シエラは、引き留めるでもなく、別れの言葉を言うでもなく、ただそれを表情もなく黙っ
て見送っている。
やがてその身体は彼女の眼力でも見えなくなっていき、彼女に似つかわしい静寂が再び訪
れた。
シエラはそこで初めてふうわりと暖かみのある笑みを浮かべる。
月は変わらず、彼女の遙か頭上で微笑み返していた。
「…世の中には知らぬ方が良いこともほんにあるのじゃがのぉ。」
そして、先ほどまで優雅に玩んでいた指先を今度は嬉しそうに見やり、
「おんしも気の毒にのぉ…、…ナッシュ。」
言葉の意味とは裏腹の笑いを含んだ軽快な声で月の女王は、彼の旅立ちを果てなく広がる
夜空に向かって祝福したのだった。





『27の真の紋章・生まれいずる』
最初に『やみ』があった。
『やみ』はあまりに長いあいだ
さびしさの中で苦しんだために
ついに『なみだ』をおとした。

『なみだ』から二人の兄弟が生まれた。
『剣』と『たて』である。
『剣』は全てを切りさくことができると言い
『たて』はいかなるものにも傷つけられないと答えた。
そして二人は戦うこととなった。
戦いは7日7ばん続いた。
『剣』は『たて』をきりさき
『たて』は『剣』をくだいた。
『剣』のかけらがふりそそぎ、空となった。
『たて』のかけらがふりそそぎ、大地となった。
戦いの火花が星となった。
そして、『剣』と『たて』をかざっていた27の宝玉が
『27の真の紋章』となり
世界が動きはじめたのである。

〜創世の物語より〜










-The End-











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