沈黙は闇を呼ぶ。

人は闇の中では何も見えず、ただ手探りに想像を巡らす。

そして、それはほぼ必ずといっていいほど、悪い方ばかりへ己を導いていくものだ。

だから、夜空には星がある。

人々を正しき道へ導く為に…星は常に周り続けている───







+ 涙淵ニ沈ム +







「王子…信じて下さい。───私は観たんです!」

しかし、慟哭の叫びは水面のように不安定な微笑みに静かに吸い込まれてしまった。

「王子っっ!!」

それでも、僕はただ微笑むだけしか出来なくて───。

───彼女みたいだな。

こんな状況なのに、僕は不謹慎にもサギリの事を思い出した。

悲しくても苦しくても辛くても…ただ微笑む事しか知らない女性。

それと人を殺める事しか教えられなかった女性。

でも、今の自分はどうだろうか…。

彼女ほど上手く微笑んでいられるだろうか。

誰にも…そう、シグレにしか判らない程のサギリの微笑みのように…。

僕には、それを判ってくれる人が今はいないけど…。

「……どうして? 王子は……!?」

憎くないのかと聞くんだね、君は…。

自分の母を殺された息子として、憎悪はないのかと。

そうか、君には解らなかったんだ。

それにしても、カイルじゃないけど女性に泣かれるのはかなりキツイ。

それでなくても、今は自身に余裕がないから。

だから、早く終わらせてしまおう。

「ミアキス…。」

僕はそう───互いが互いの大事な者を守る為に死闘をしたあの時のように彼女を胸の中

に抱きしめる。

そして、優しくこう耳元に囁きかけたのだった。

「もう、今日はおやすみ。」

すると、彼女の身体がビクリと震える。

感情を逆なでしてしまったかもしれない。

「君も僕も疲れてる。

 とにかく今日のところは休もう…、ね?」

さっきまでお互い剣を交えていたのだし、疲れていては正しい判断も誤ってしまう、お互いに。

そう言って出来る限り優しく彼女の髪を撫でてあげる。

すると、胸の中の彼女は強張らせていた全身の力をふぅと抜き、僕の身体に少しだけ自分

の身体を預けてきた。

「…ズルイ、ずるいですよ、王子。」

「うん…。」

「いつの間にこんなに大きくなっちゃったんですか?」

実際はほんの僅かな時間しか離れていないはずなのに、もう随分と会っていなかったよう

に思える。

「姫様に追いかけられて困った顔をしていた可愛らしい王子だったのに…。」

それはお互い様じゃないかと思う。

僕だって、君にこんな弱いところがあるとは思わなかった。

女王騎士として、次期女王であるリムスレーアの護衛役であった君。

いつも飄々としていて、僕も周りの女王騎士や僕の護衛役であるリオンも振り回されてば

かりいたのに…。

守る唯一の者を失った君がこんなにも儚いなんて、思いもしなかった。

そういえば、カイルもそうだったかもしれない。

レインウォールのバロウズ邸で再会した時の彼は何故か一回り小さくなったような気がした。

「すみません、王子。

 女王も閣下も…姫も太陽の紋章も、何一つ守れませんでしたっっ!」

そう言って弱々しく頭を垂れる彼を見て、いかに己が小さい存在かというのを思い知った

のだった。

「カイル…、君とこうやって再び逢えただけで僕はとても嬉しいよ。」

本当はいっぱい、いっぱい謝りたかった。

命を賭けて、僕達を太陽宮から逃してくれた人なのだ。

でも、謝っちゃいけないって今はいない…あの人から教えられたから。

だから、これだけは伝えたかった。

そうしたら、彼は、

「王子〜…。」

って、泣きそうな顔で笑ってくれたっけ。

丁度、今の彼女のように…。

「王子もゆっくり休んでくださいね。」

ふと気がつけば、ミアキスは既に部屋の扉の前に立っていた。

「うん、ミアキスもね。」

「は〜い! それじゃ、おやすみなさい、王子。」

少しいつもの彼女に戻ったのに、しかし、僕は笑うのに失敗をしてしまったのだ。

いや、恐らく顔は笑顔なのだと思う。

けれど、心から微笑んであげることは出来ないでいた。

幸いにも、窓からさす月明かりに背を向けていたので彼女からはその酷い表情は見えなかっ

たけれど。

パタン…と軽く閉まるドアの音にも、僕は全く動けずにただそこに立ちすくんでいた。

笑顔だけが虚しく張り付いたまま…。

今、リムスレーアに逢ったら、きっとあの娘は泣いてしまうだろうか。

母上も父上も…おろおろして抱きしめてくれるだろうか。

カイルは添い寝をしてくれそう…な勢いで心配してくれるかな。

リオンはもリムと一緒で泣いてしまうだろうか。

「王子が泣かないから、私が代わりに泣いてあげてるんですっ!」

とか言って…。

だから、誰にも見せられない。

明日には…明日の朝には心から笑えるようにならなければいけない。

僕の周りの人達は色々と聡いから。

僕を甘えさせてくれない、唯一のあの人は今はここにはいないから自分で戒めればならない。

それでないと…。

「ゼラセに殺されるからね。」

紋章の主に相応しくなくばいつでもその命を狩るという謎の女性。

今はまだ死ぬわけにはいかない。

せめて、仮初めの女王として祭り上げられた最愛の妹リムスレーアを自由にするまでは…。

そして、「太陽の紋章」の守護者である「黎明の紋章」の宿主として、紋章が見せる記憶

の真意を確かめるまでは。

いや、何よりも…。

「どうして何も言ってくれないのかな…。」

一言も言い訳をせず沈黙だけを残して去っていった男。

父の親友であり、女王騎士であり…、自分が外交をするようになってからは常に傍らにいた男。

もともと外の人間であった父が恐らく王宮内で女王と同じくらいに信頼していた人。

だから、僕は解るのかもしれない。

母上…いや、女王が「太陽の紋章」に魂を喰われかけている事に気づいていたのは親近者

でも極僅かな者だけだ。

ロードレイクの惨事以来、女王の暴走を防ぐのは女王の夫であり女王騎士長でもあったフェ

リドと、王子である自分であった。

だが、この二人が常に側に居るとは限らない。

有事では、フェリドも自分も生きているとは限らないからだ。

だから、万全を期して父が一番信頼を置いているあの男に何かを頼んでいたということは

ちょっと巡らせれば予想が出来ることである。

「太陽の紋章」の恐ろしさは、ロードレイクの惨事で十分に思い知っている。

いや、父…フェリドはどうやら他にも心当たりがあったのかもしれないが…。

そこまで考えが巡ったところでぶるりと大きく身体が震えた。

紋章が…「黎明の紋章」が見せる記憶からして、「太陽の紋章」が暴走すればあれどころ

では済まないのだ。

ファレナ女王国どころか、その近隣の国も一瞬にして消滅しうるだけの破壊力は十分にある。

父がそこまで知っていたかどうかは今となっては知る由もないが、もし…自分が想像する

通りのことであれば父の判断はまったくもって間違いがなく、かの男は責められるどころ

か英雄となっても良いくらいである。

勿論、女王を…母を殺めた事実は変わらない。

憎い気持ちが皆無とは言い切れないが…、目の前の事実だけに囚われてその責を追うべき

相手を見誤ってはならない。

「……く…っっ。」

しかし、すぐに何もかもを受け容れられる程、自分はまだ大人でもなんでもなかった。

理性と感情がひしめき合い、争い……、身体ごと引き裂かれそうな痛みが全身を苛む。

それでも、…それでもだ。

彼が戻ってきてくれるその時には、どうしても伝えたい。

カイルにもミアキスにもそう伝えたように…。








「生きていてくれて、ありがとう。」








そう、今は「黄昏」の時代でも、必ず「黎明」はやってくる───。

僕の右手はその為にある。 










-The End-








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2006.03.27+++ amane
イヤン…、ゲオルグ出てこなかった...











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