| +++ 風の彷徨 +++ |
| 壊れてしまえ…… 所詮、こんなものに支配され、惑わされる世界ならば、 未来なき未来ならば、必要ない そう……壊れてしまえば 僕は楽になれるだろう そして、あの人も…… ・ ・ ・ ・ ・ |
「お出かけですか?」 外界は既に常闇の中。 物音といえば、時折、この街に多く飼われているバグの羽音が聞こえるくらいで あった。 「……セラ。」 別段驚きもしないが、突然湧いてきた声音にその名がつい突いて出る。 足音もなく少女は男の背後に佇んでいた。 こんな時間まで起きていたのだろうか。 「あぁ……。」 そういつもの通り男は応える。 少女・セラは特に男の行き先についてなど追求はしない。 この男を信頼しているからなのだろうか、それとも、追求しなくても追える術を 持っているからなのだろうか? しかし、男が外界へ通じるドアに手をかけた時、セラは妙な言葉をその背に投げ かけた。 「そのままで出かけられるのですか?」 その問いかけに触れた手を一瞬放しかけた男だが、彼女には見えないよう背を向 けたまま自嘲う。 「今宵は新月。照らし出す光も無ければ、人も出ないさ。」 心配はないよ…と、軽く手を振ることでセラの不安を吹き払ってやる。 「……。」 すると、セラは主の言葉に深々とお辞儀をしてその背を見送った。 パタンと静観な部屋にドアの閉まる音が響き渡り、そして、ぽつりと置き忘れら れた人形のように残された少女は闇に消えた小さな背中に深い溜息をついたので あった。 あと少し……そう、あと少しのはずである。 主の本懐はもうすぐ叶えられようとしている……そのはずである。 他の連れはどうかは分からないが、自分だけはそう信じていた。 しかし……。 その日が近づくに連れ、主の表情は重く翳っていくばかりであった。 あの日……、全てを捨ててもこの茨の道を歩むことを決めたその日より、主の休 まる日などなかったに違いない。 だが、まだあの頃はもう少し覇気があったように今になってはそう感じる。 「……。」 セラは軽く首を振って、余計な考えをどこかへ追いやろうと努力した。 「そう、私ごときが考えても詮無きこと……。」 私はただあの方の歩む道を共に歩むだけ、そう、それだけなのだ。 少女は再度難く自身にそう言い聞かせると、ゆっくりと割り当てられた自室へと 戻っていったのだった。 崖を利用して立つこの村は、年中、風の通り道となっている。 今も、下から吹き上げる風が、男の……普段はしっかりと仮面で隠された顔を撫 で上げていった。 その地肌を滑る心地よさにすぅ……と瞳を細める。 ぱさぱさと煽られる髪も、昔ほどではないが、優雅にそれに戯れていた。 月明かりのない夜更け、断崖ばかりのこの村を男は臆することもなく滑るように 歩みを進め、それはどんどんと高台の方へと移動していく。 ……男の迷うことのない足取りとその冷え切った眼差し。 だが、それもやがてゆっくりと止めていった。 風はさらに強く吹き荒れ、小さな男の身体を通り抜けていく。 そして、暗闇の中佇むその男は眼下に広がる底のない常闇をその暗い瞳でただじっ と見つめた。 そこには生を感じさせない、無機質な色。 アレが時折見せる、灰色の世界によく似ている。 「……。」 もうどれ程永くそれに苛まされ続けてきたことだろう。 未来のない未来。 生まれつき宿った真の紋章が見せる未来はいつもそれだった。 それでも最初のうちはその意味をなんとか酌み取ろうと努力もしたものであったが、 それは尽く徒労に終わってしまった。 まさかと危惧した不安をうち消すために、出会う宿星に希望をかけてみたりもし たのだがそれもまた儚く散っていった。 それでも、悲しませたくない人がいたから何とか自身を繋ぎ止めようとも努力し たけれど。 結局は、自分でなんとかしなければならないと、それだけしか結論になりえなか ったのだった。 今でも時折、夢の中で悲しそうに佇む養い人の姿に出会う。 こんな歪んだ自分を哀れに思い、持てる全てを持って自分を包み込んでくれた女性。 見えないその瞳は実は見えなくても良いものまで映し出す。 真の紋章を自らも宿しながら、その行く末を見守る番人。 彼女の導きにどれだけの星々が運命を狂わせていっただろうか。 望まざるともその身体に紋章を招き入れねばならない星たち。 真の紋章は、宿主の魂と命運を喰らう。 そして絶対的な強い力を与える代償に、不老という呪いを植え付けた。 永く生きるという事は、人の失ってはいけない部分を完膚無きまでに壊していく に等しい。 そう、人はそれほどまでに強い生き物ではないから。 だから結果として、紋章の継承者達はまるで導かれるように破滅の道へと自ら進 んでいったのだった。 そんなものを30年……、そして紋章が持つ記憶を合わせるとそれは膨大な数の 犠牲をこの世界に払っていることになる。 男はふぃと天を見上げる。 数多に輝く星の数々は彼が出会った宿星たちの輝き。 その中のただ一人だけの背中を未だ追い続けている自分にふと苦笑いが込み上げる。 彼はこの瞬間をどうすごしているだろうか……。 男が最後に得た情報では、この未開の地・グラスランドに入っているという事で あったが、それはもう数十年も前の話。 しかし、永遠の彷徨人となった彼でも恐らくこの未開の地での動乱を耳にしてい ることであろう。 昔の仲間の凶行は彼の瞳にはどう映っているのだろうか? 嘲笑っているだろうか……。 悲しんでいるだろうか…………。 それとも、何も感じていないのかもしれない。 それはそれで悲しい事ではあるが、彼の人らしいと男はふわりと微笑んだ。 今宵は新月。 星の光しか道を照らさない。 だから、村人も宵闇が濃くなるとこのご時世、むやみに外へは出歩かなかった。 四方のうち、三方は険しい崖に囲まれている閑散とした岩場に風に吹かれるまま 男は佇んでいる。 何も感じないその心地よさに一瞬、男は静かに瞳を閉じて意識を解放させた。 しかし、すぐに両の瞼を跳ね上げると、後方上部を弾かれるように振り向く。 「………!!」 油断した。 ほぼ完全に男の支配下にあるこの村で灯りのないこの夜ならばと思い面を着けず に一人で外へ出てきた。 セラにも他の二人に後追いさせないようきつく言い渡してある。 それにしても大概の気配なら風が知らせてくれるというのに、これ程までに近い 距離まで何故気付かなかったのか。 月明かりがない分、恐らく、相手側からも男の顔は判別し辛いであろうが、星々 の灯りを背にしている相手の顔は更に男からは判別出来なかった。 しかし……。 「………ァっっ!?」 見慣れたシルエット。 断崖絶壁の僅かな岩場に腰掛けているその人物は、吹上げる風に頭から垂れてい る布を舞い上がらせている。 思わず、その人の名を口にしてしまった事に例えようのない苛立ちを感じ軽く舌 打ちをした。 するとその声はほとんどが谷間を渡る風音に掻き消されたというのに、その人は ゆっくりと顔をこちらに向ける。 だが、不安定な足場ゆえ、少しのバランスの崩れが命取りとなった。 ぐらりと身体が揺らぐ。 「あんの馬鹿っっ!!」 男はそれを視認するより早くその身を風に乗せると重力に対して誠実に落下して くる彼の人を上手く腕の中に抱きとめる。 そして、真の紋章の力で上手く風を操りながら男はその人を再びその足場へと戻 し自分もその場所へ降り立った。 ……懐かしい。 その人は……別れたあの時からまったく変わっておらず、相変わらず飄々と…… 否、どこか現実離れした焦点の合わぬ瞳でぼんやりと男の方を向いている。 しかし…駄目だ……。 どうしてもこの人の顔を見ると要らぬ世話を妬いてしまう。 「君ね!死ぬなら他のところでしてくれよっっ!!」 喧々囂々と言い放つ男に対して目の前の青年はぱちりと目を瞬かせていた。 無表情のままただ瞳だけが僅かに感情を宿したその人は、ふとそれは本当に身近 な人間でなければ気付かない程度に微笑む。 もちろん、男はそれに気付いた。 しかし、それはなんとなく男の自尊心を傷つける。 そう、こんなに素直に感情をぶつけるのはどれくらい振りだろうか。 「久しぶりだね、ルック。」 その人は今度は少し困ったように…しかし、はっきりと微笑んだ。 「……僕は二度と逢いたくなかったけどね。」 嘘だ。 いや、半分は真実。 こんな姿は……見られたくなかった。 それにしてもどんな皮肉の言葉もこの人はぼんやりとどこかへ流し去ってしまう。 鈍い訳では決してない。 本当は酷く繊細で優しい人。 なのに、彼は変わらざる負えなかったのだ……紋章の継承者として……。 それがまた酷く腹立たしくってつい声を荒げて責め立てる。 「僕の事、聞いてるんでしょ? 何、止めにでも来たの?」 そんな事は聞く気はないと暗に彼に伝えたのだが、しかし、帰ってきた応えはい かにも彼らしく拍子抜けするものであった。 「………………いい。」 「……な……に?」 「好きにすればいい。」 目から鱗とはまさにこの事であろう。 恐らく子細は養い親である女性から伝わっているはずである。 それなのに……。 「君さ、自分の言ってる事分かってる?」 「とりあえず。」 「ハッ! 理解ってないね!」 この人は相変わらずだ。 いつまでそんなお人好しでいられるのか、……何故壊れずにいられるのか。 あんな紋章を受け継いでいながら……。 人の魂を喰らうことでしか生きていけない紋章。 「……うん、確かに、君がレックナートを裏切るとは予想外だったけど。」 彼女はどれほどの数の未来をこの病みし子から見たのか。 「レックナート様は関係ないっっ!!」 「君はそう思うだろうけど、彼女はどうかな?」 男より少し幼い顔が、底のない闇色の瞳でじっと見つめている。 それはまるで意識ごと引き込みそうなほどの引力。 「何それ、僕に説教しに来たわけ?」 偉くなったよね……と皮肉たっぷりにルックが返すと、 「別に……面倒は嫌いだ。」 彼はそうとだけぽつりと吐くとふぃっとルックに背を向けて場を去り始める。 また、逃げるのか! 僕の手元からこの人はまた! デュナン統一戦争終結後はとうとう風にさえ悟られぬようその姿を掻き消してい たのだ。 最後に知った情報もナッシュが接触した為でそれが無ければずっと知らずにいた 事だろう。 ルックは音もなく右手を挙げた。 そう……、逃げる獲物は狩り獲ってしまえばいい! すると、その気配を感じたのか小さくなりゆく背がぴたりと止った。 彼の人の相も変わらぬ鋭さにルックは舌打ちしながらも淡く光を放つ手を止める 事はしない。 「相変わらず甘いね、君は。 こんな絶好のチャンス、この僕が逃すと思う?」 ルックが今身を寄せているハルモニア神聖国。 そこの神官長であり自らも真の27の紋章が一つ、円の紋章を継承したヒクサクの 命により行われている「真の紋章狩り」。 ルック自身の目的は私欲で欲する真の五行のみだ。 しかし、表向きの任務には全ての真の紋章球を狩る事も含められている。 そうだ、あれさえ無ければ……。 青臭い友情と彼女の……レックナートの甘言に騙されてあんなモノを宿した彼を 解放出来るもう一つの手段。 そう、呪われた真の紋章の中でも最悪級だと言われる「生と死を司る紋章」。 宿主の身近な人間の魂を喰らう事でその偉大な力を発揮する事から通称「ソウル イーター」と呼ばれている、それ。 だから彼は独りで彷徨い続けている。 これ以上、ソウルイーターの贄を作らぬよう…そして我々のように真の紋章を追 い求める輩から逃れる為に。いや、何よりも自身の魂を守る為に。 前宿主であるテッドという青年は300年以上もそうやって彷徨い続けたのだという。 「……ルック。」 「ふふ、これで君もその呪われた宿命から解放される!」 「無駄だ。」 彼は振り向くこともなく、しかし、その背には明らかに絶望を含んだ色が現れて いた。 「やってみなきゃ分からないでしょ!?」 それはまるでこれから往く己が道の辿り着く先のようにも見えて、らしくない言 葉で牽制してしまう。 すると、 「君からそんな言葉を聞くとは思わなかったな。」 長生きもそう悪くはないものだ……と、彼の背がふるりと笑ったのだった。 そんな言葉のやりとりの間にもルックの右手の鼓動は激しさを増していた。 そして、それに呼応するように、彼の人の右手も禍々しく鼓動している。 しかしその音は、明らかにあからさまな「拒否」。 これだけ挑発しているにも関わらず、その力を発揮せずに拒否し続けている。 それはまるであの時の……ルックは初めて夢を未来を託したその時の出来事に似 ていた。 その昔、ここから海を挟んで遠くに位置する大陸でのこと。 300年以上も追い求めたそれに激しい拒絶を受けた人がいた。 ソウルイーターに……否、実際はそれに宿った魂達に拒否されたのだがそれを知 る由もない彼女は酷く絶望し、 「なぜなのだ!? 生と死を司り、魂を盗む、呪われたおまえさえも私を受け入れようとしないのかっっ!!!」 そう絶叫したという。 その人…ウィンディはこの世界に復讐をする為に27の真の紋章の中でも命の狩人 として名高いそれを執拗に追い求めていた。 だが、視点を変えてみれば、他者から見れば狂気の沙汰であったその所業の数々 も彼女にとっては正気でいられる楔だったのかもしれない。 そう、彼女もまた「表の門の紋章」という真の紋章の継承者であったのだから。 彼女が目指した「世界への復讐」とは一体どこにあったのか…今となっては誰も 知る由もない。 が…。 「どうして!?」 それに似た絶叫は時を経て今またかつて同胞だった男から発せられる事になった。 「どうして、僕を止めてくれないの!?」 だが、それに応える声はなくただ吹きすさぶ風音だけが虚しく両者の耳を震わせ ているだけで……。 するとルックは足場の悪さを気にもとめず、滑るように彼を追うとその背をしっ かりと抱きしめた。 「止めてよ……。」 一言でいい! 「止めろ!」と言って欲しい。 そうすれば、まだ歯止めがかけられる。 また夢を託す者を待ち続けられるかもしれない。 しかし……。 「……甘えるな。」 と、返ってきた言葉は静かだがやけに耳を劈くものだった。 「このまま突き進め。 そうでなければ、犠牲になった者が浮かばれない。」 味方も敵も……。 「……。」 そう……もう後戻りは出来ないほどに犠牲を出し過ぎたのだ。 「それにその役割は僕じゃない。真の五行の継承者達が決めることだ。」 舞台に立つ役者にはそれぞれの役割というものがある。 彼は暗に今回自分は客席にる客だと言っているのであった。 それはルックにも重々理解っていることである。 それなのに何故か最後の手綱から突き放された気がした。 それでも放されたくない一心に肩口に埋めた顔をすり寄せて捕らえた腕に力をいれる。 すると、腕の中の身体はその力に逆らうこともなく静かに抱かれていた。 ふんわかと暖かいその温もりを、その小さな背から感じるはっきりとした鼓動を 自分は消そうとしている…再びそんな得も言えぬ罪悪感にルックは唇を強く噛み 締める。 しかし………………。 彼が幸せでない事は自分が一番よく知っている。 彼だけではない。 真の紋章の継承者はその業に嫌顔でも従わされ、茨の道を進んで行かなければな らないのだ。 それでもその先に待つものが報われる未来であらば、それも我慢が出来よう。 だが、その先に待つものは……。 紋章が見せる未来は…。 「クッ……、僕らしくもないな。」 ならば、壊して見せよう。 それが結果的にどうしても変えられない姿だとしても……。 …………これくらいの悪あがきは許されよう。 苦しんで苦しんで得られない未来ならば、今この時点で終わらせて見せよう。 それが、自分のそして彼の救われる道なのだから。 決心はついた。 そのせいか抱きしめていた腕がゆっくりと力無く離れていく。 そして、彼もそれに振り向くことのないまま、何ごともなかったかのようにまた 先へと歩き始めていった。 別れてしまった道。 それは、二度と交わることのない。 「もし……。」 そうもう二度とないのであればあと少しの時間を。 「失敗したら、僕を迎えに来てくれる…?」 「嫌。」 「やっぱり……ね……。」 僕は……と開き始めたルックの口を彼は即座に言葉で塞いだ。 「四六時中、君に頭の中で嫌味や皮肉を言われ続けたらたまらないからね。」 そして、今度こそその姿を闇の中へ溶き消していったのだった。 谷には今だ風が岩肌を撫でながら通りすぎている。 恐らくそれは時の終わりを迎えるまで吹き止まないであろう。 だから、彼は彼自身とも言えるそれに、 「右手の間違いでしょ?」 と乗せて、相変わらず馬鹿だね……と嘲笑った。 そう、もう戻れないのだ。 目を閉じれば、懐かしい宿星達の顔が通り過ぎる。 しかし、走り出したものはもう止められない。 世界の流れが止らないように、自分もまた突き進んでいくしかないのだろう。 その昔、敵として相対した真の紋章の継承者のようにその身が滅ぶその瞬間まで。 ただ、自分が彼らと違うのは何よりも自身の滅びを望んでいること。 呪われた鎖の連鎖を断ち切る事。 「……。」 どうやら、彼はこの場から離れて行ったようだ。 風がそれを伝えてきた。 もう、かなり意識しないと彼の存在が感じられない。 それを確認すると、ルックはしっかりと目を開き、颯爽とその場を後にしていっ たのだった。 |
| ・ ・ ・ ・ ・ そうだ……。 世界のバランスが例え思い通りにさせてくれなくても…。 ………………最後の最後まで足掻いてみせる! |
-The End- |
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