君の声が聞こえない…。


こんなにも世界には音が溢れているのに─────。


どうしてだろう?


君の音だけが…。


───ほら、また一つ、悲鳴に掻き消されていったよ。







The Seeker





「怪物、錬成陣、錬金術師…。それに修飾する言葉が全て”謎の”か…。」

うんざりするな…と黒く短い髪が苛立たしげに、ぱさりと揺れた。

僅かな休息の後、ロイの執務室ではリゼンブールの一件の報告会が行われていた。

事件の全容に関わったのは、エルリック兄弟だけであったが、村人の守備に当たっていた

アームストロング少佐も同席している。

「ともかく、怪物は倒せない訳ではありませんが、神出鬼没の上、数で攻められたりとな

 ると…民間人を守り通すのはかなり困難といえましょう。」

「それに兄さんと坑道の入り口で見た怪物は人間に化けていましたから…。」

「その状態で街にでも潜り込まれたら…手におえないという訳か。」

ロイは苦々しげに言葉の塊を吐き出した。

そう…、リゼンブールは小さな村だ。

村人の結束も強く、皆顔見知りのようなものだから余所者にはとても敏感であり、警戒心

も強い。

だが、そんな村でも被害は出なかったものの、襲われる直前まで気がつかなかったのだ、

怪物の───、否、それを操る存在に…。

ならば、もし、これが余所者の集合体ともいえる大きな街中となれば…。

被害は甚大なものになるだろう事は容易に想像出来る事であった。

「錬成陣の解読を急ぐ必要があるが…。」

兎にも角にも数少ない貴重な手がかりであるその錬成陣は誰かの手によって見事に粉砕さ

れている。

自然にロイの顔が険しくなっていくのも致し方ない。

「───兄さん…。」

「…しっ!」

その罪悪感にいたたまれない弟のアルフォンスがちらりと目下にある兄へと視線を向ける

のだが、当の…錬成陣を見事に粉砕してのけた兄のエドワードは大きな瞳に宿るきつい光

でそれを制したのだった。

その時、「鋼の」…とまるでタイミングを計ったかのように男に二つ名を呼ばれ、エドワ

ードはついその小さな肩をぴくりと震わせてしまう。

「んあ…?」

応えた声音も不自然に間の抜けた音になり、その大きな失態に彼は心の中で大きく舌打ち

をした。

もちろん、それに気づかないロイであろうはずもなく、かの黒曜の瞳に明らかに険しい光

が帯び始める。

それも幸か不幸か、それに気付いたのはエドワードだけであって…。

「期待はしていないが、その錬成陣を記憶してはいないのかね?」

一件、この男が発したこの台詞は相手を馬鹿にした言い様ではあるのだが、「期待してい

ない」という言葉がどこにかかるのかが重要である。

暗に探りを入れられたエドワードはロイの心中を知りながらもここは逃げ切るしかなかった。

「いや…悪りぃ……、そこまで調べている時間がなかった。」

その矛先は弟のアルフォンスにも向けられたが、彼は困ったように首を傾げるだけにとど

まる。

アルフォンスにとっては、まさしくその瞬間は生涯で数少ない「鎧であった良かった」と

感謝した瞬間であった。

とりあえず、顔色が変るわけでも表情に出る訳でもない。

普段はそれがとても苦痛のはずなのだが…人間とはかくにもこうエゴの塊なのである。

「そうか、それは残念だ。」

全然残念そうではない男の抑揚のない声音に、エドワードは軽く肩を竦めた。

所詮、騙し通せないのは弟に忠告されなくともエドワードには十分、分かっていたことで

ある。

そう、血の繋がった弟以上に彼の本質を理解しうる相手だからこそ誤魔化し通す事は出来

なかった。

だから、エドワードには今、目の前の男の不機嫌さが手にとるように分かる。

理性を総動員して燃え盛る怒りを抑えようとしている様が─────。

例えようのない程の深い悲しみと孤独が─────。

それをエドワードはあえて無視するのであった。

そうして僅かに伏せられた黄金の瞳を見て、男は心の中で大きく溜息をつく。

─────これも言えない事の一つということか…。

だとしたら、壊された錬成陣がこの事件の中核に最も近く、そして危険である事は間違い

なかった。

更に、それを隠蔽しようと少年達がしたのであれば恐らくそれは彼らの求める何かに触れ

たものではないかと、ロイは推測している。

あの子供達がアレに関する事になると理性を失う事を周りの大人達はよく知っていた。

そして子供達も、そうなる恐れがある時は大人達がどうするかをよく知っている。。

そう、─────この一件から外されるのを恐れて…の隠蔽工作だ。

しかし、実際のところ、この男の推測は是とも非とも言えない。

今回に関して、エドワードがしたこの所業は、危ない玩具をろくな事しか考えない大人達

から取り上げたにすぎないのだから…。

そんな緊張した糸が徐々に部屋中のあちこちで限界を向かえていたその中、ドアのノック

音がけたたましく鳴り響く。

「入れ。」

燻る身のうちの炎を持て余している男の声音に臆することもなく、颯爽と現れたホークア

イ中尉は救いを求める眼差しをいきなり一斉に浴びることになったのであった。

中尉はそれに内心大きく溜息をついたものの、現状、それに構っていられる状態ではない。

ともかく今はそれらを無視することにして、彼女は上官の前で軽く一礼をする。

「ボードワンで調査中のハボック少尉から通信があり、例の怪物が村に現れたとのことです。」

明瞭に告げられていく報告に鋭く反応したのは、上官であるロイと一同の中では一番事件

の真相の近くにいるエルリック兄弟であった。

そして、昨夜から待っていたその報告にロイが先を急かすように口を開きかけたのだが、

全てを心得た有能な部下はその手を煩わさずに淡々と報告を続けていく。

だが、その内容はというと…。

「残念ながらそこで少尉との連絡が切れ、以後、通信不能の状態が続いており状況不明の

 ままです。」

本当に最悪であった。

ほんの些細な噂だと…、しかし、今の状況では無視する訳にもいかないそれにロイはハボッ

ク少尉を向かわせたのであったのだ。

─────村が怪物に襲われる!!

これが平時であれば、ロイも気にも止めなかった噂であろうが、一連の奇怪な事件の数々

と鋼の錬金術師がもたらしたリオールでの事件、そして何より先刻の書庫での一件。

ロイ自身もその目で怪物と遭遇し、その神出鬼没さと常識を超越した事象に、本来なら他

愛もない…悪戯に分類されるような根も葉もない噂だとて一笑で済ませるわけにも行かな

かったのであった。

かといって、軍隊を派遣できる程、確証がある訳でもなく…。

とりあえず、偵察という形で自分の手の中でも信頼のおける者を人選して向かわせたのだが…。

ギリリ…と、男の歯の奥が嫌な軋みを上げる。

しかしだ。こうなっていてもまだ…。

「状況不明…って、───大佐っっ!!」

エドワードが動かないロイに苛立たしげに詰め寄った。

アームストロング少佐も酷く顔が硬直している。

恐らく、彼らが最も今、ハボック少尉の現状を正確に想像出来ているはずであった。

そう、リゼンブールは救えた。

たまたま、滞在していた「鋼」と「豪腕」の両国家錬金術師によって。

しかし、ボードワンは…。

出向いたのは、錬金術師ではない男だ。

かのマスタング大佐がそれなりに認めている男とはいえ、あの常識を超えた怪物たちから

孤立無援のたった一人の軍人がどこまで民間人を守りきれるというのであろうか…。

「何かが起きた事は間違いない。

 だが、それだけでは軍は動かせんな。」

まるで心を隠すように組まれた指の隙間を通って抑揚のない上官の声が部屋に響き渡った。

それに予想通りに驚いたのがアルフォンスである。

「えっ!? 救けに行かないのですか?」

それは状況を知るものなら見殺しにするのかと責めているようにも聞こえるのだが、さす

がに軍属である他の面々はただ沈黙を保つに留まった。

「放っておくつもりはないさ。

 ただ、大げさに動くことは出来ん…だけだ。」

そう、何か決定的な裏付けがない限り、軍隊を動かすことは出来ない。

確実に部下の命が危ないと分かっていても、だ。

「分かりました。」

その時、ホークアイ中尉の声が割って入った。

いつもは憎まれ口ばかり叩き合っていても、誰よりも部下の事を案じているはずの上官の

苦悩を汲み取るのもこれまた優秀な部下の器量。

「私がボードワンに向かいましょう。」

中尉が高らかにそう申告する。

またもや一斉に視線が彼女へと集中することになった。

そして、暫くの間、誰もが言葉を失くす。

しかし、さすがといえようか。

上官であるロイだけは、苦しげに押し出された唸り声とともに迅速に事を進めていった。

「…一人では危険だ。

 ブレダ少尉と、ファルマン准尉を───。」

「ちょっと待ってくれ!」

その時、大きな声でその流れを止めたのはエドワードであった。

「大佐、少尉や准尉の代わりに俺とアルを中尉に同行させてくれ。」

「なんだとっっ!?」

「エドワード君っっ!?」

大人の悲鳴が重なった。

「無茶を言わないで!

 どんな状況か分からないのに、危険すぎるわ。」

酷くうろたえた中尉の声に新鮮さを感じるものの、エドワードは大きく溜息をつく。

─────やっぱり子供扱いされてる…。

仕官ではないにしろ、国家錬金術師は階級で言うなれば「少佐」の位を持つ。

ということは、エドワードはリザより上官という事になるわけだが、東方司令部において

はどうもエドワードはお子の範囲から脱出しきれていないようであった。

まあ、彼の態度が態度であるが故とそれを寛容に許している上官のせいでもあるのだが…。

しかし、中尉の心配はエドワードやアルフォンスに対するものもあるのだが、その大半は

ロイに向けられていたのであった。

恐らく、エドワードのこの進言。ロイは是とはしないであろう。

その証拠ににわかに立つオーラの中に激しい怒りが含まれている。

だが、エドワードが退く事がないことも中尉はよく承知していた。

それはロイも同様で…だからこそ、少年が使うこの殺し文句には…。

「”赤い石”の事が分かるかも知れないんだ!」

中尉が額に手をあてて軽く頭を振った。

─────敵わないわね。

デスクの上で両肘をついて組んだ手の陰に隠れた上官の苦悩が手にとるように分かる中尉

であった。

しかし、ここのところ立て続けにエルリック兄弟はロイの手中で命を落としかねない事態

に巻き込まれている。

ここは確実に却下されるであろうと中尉は踏んでいたのだが、続く上官の言葉に悲鳴を上

げることになったのであった。

「……確かに、今回の件。

 錬金術師絡みとなれば、”鋼”を行かせるのも手だな。」

「大佐っっ!」

そして、いつもと同じ答えを出すしかない男を哀れに思うしかなかった。

「───いいだろう。国家錬金術師として中尉への同行を許可しよう。」

基本的に国家錬金術師は同行という形をとらなくても単独行動が許されているのだが、

これは中尉をエドワードの監視役に暗に任命したものである。

幸いな事に、当のエドワードがそれに気付かないのでロイとしても非常にやりやすかった。

その証拠に飛び跳ねんばかりに無邪気さ全開で喜んでいるエドワードがいる。

「鋼の。」

これでは子供扱いされても仕方のないことであるといつになったら気がつくのやら…。

「くれぐれも無茶はするなよ…。」

だが、肝心なエドワードは聞いちゃいない。

そう、既に、その身体は弾丸のように部屋を跳び出していたのだから。

そして、その後をアルフォンスがその巨体を揺らせながら追いかけていった。

ちゃんと一同への礼をしてから去ったのはさすがというべきであろうか。

小さな…しかし威力の大きい台風が通り過ぎたマスタング大佐の執務室には大きなデスク

の向こうで苦虫を潰したような表情で固まる主がいた。

男は徐にゆっくりと立ち上がると、一同にくるりと背を向けて窓辺に佇んだ。

その窓から何が見えるのか…じっと窓の向こうに目を据えたまま動かないロイがいる。

しかし、その背が酷く寂しそうに感じて、ホークアイ中尉が遠慮がちに声をかけた。

「大佐…。」

「すまない…中尉、───鋼のを頼む。」

だが、意外にもはっきりとした…いつも通りの上官の声にとりあえず、彼女も胸をなでお

ろすと、

「心得ております。」

では…と、リザも早々に部屋を後にしていったのであった。

そして、最後に残された大男は今までの経緯をほぼ無言で見つめていたのであったが、ま

るで皆が居なくなるのを待ち構えていたように堰を切って口を開いた。

「本当に宜しかったのですか?」

その不器用の問いに、ロイはやはり振り向くことなく淡々と応えた。

「鋼のの場合、反発されて単独で暴走されるよりは、中尉を監視役として堂々と行かせる

 方がまだ安心出来るからな。」

だが、そうは言って見たものの、ロイの胸中は穏やかではなかった。

あれだけ、昨夜も念を押したというのに…かの少年は理解してくれてはいないのである。

勿論、ロイとしても彼らの最大の目的に道を示し、時には手を貸しているのだから少年の

云わんとしている事も分かるのだが…。

「少佐。」

「はっ!」

「申し訳ないが、もう少しの間、こちらで残務処理に励んでくれないか。」

「無論、ヒューズ中佐からの命令ですので。」

「……悪いね。」

アームストロング少佐はそれに一礼で応えると、くるりと背を向け部屋を後にしていった

のであった。

そして広い部屋にたった一人残されたここの主は、忌々しい程に曇る外をいまだぼんやり

と眺めていたのであった。

「鋼の…。」

既に彼方へと消えていったその小さな姿を思い返しながら、呟いてみる。

「”赤い石”という恋敵に私はいつになったら勝てるのだろうね。」

それにしても、そんな事を本人に告げたら、大いに呆れかえられるのは容易に想像出来る

のだが、いないのをいいことについ口をついて出てしまう。

「しかしだ…。」

リゼンブールから帰ってくるのを首を長くして待っていたのに、その逢瀬はあまりにも短

過ぎて…。

「この貸しは高くつくぞ…、ハボック少尉。」

そう、クツクツと嘲笑うと、足早に部屋を後にしたのであった。










そして、時間は少し先へと進み─────。

東方地区特有の気候のせいばかりではない、重く厚く立ち込めた異様な程黒い雲の下。

呆然と佇む大小の姿があった。

「…こ…こが…、ボードワン!?」

鎧を震わせるほど、戸惑いと怯えの濃い声。

「なんなんだよ、これ…。

 ムチャクチャじゃねえかっ!?」

いつもは強い光を宿した黄金の瞳がまるでそれ自体を拒否するかのようにすぃ…と細めら

れた。

そして、この中で最もこういった光景に遭遇しているこの気丈な仕官でさえ、暫く声を出

す事が出来ない程、眼前には悲惨の惨状が横たわっていたのであった。

無残に壊された家々。

どす黒い血に染め上げられた大地。

壊れて僅かに残る外壁には、人の手の形をした赤い痕や、あからさまに血しぶきと分かる

赤い点がこの暗黒の世界に見事に彩りを添えている。

それにしても、これほどまでに木々があるというのに、動物やら虫やら…ともかく生きと

し生けるものの音が全く聴こえない。

不気味なほどの静寂が彼らを飲み込もうとしていた。

やがて、さすがに…というべきか。

前方に一歩踏み出したホークアイ中尉が一言、的確な言葉をぽつりと漏らした。

「……まるで…死の村ね。」

それに続いて、あとの二人も半壊した村のゲートをくぐり抜ける。







─────その時、森の奥深くでまた一つ、悲鳴が音をかき消したのであった。















-THE END-













*-----*
2005.03.20+++ amane

「赤きエリクシルの悪魔」〜死の町ボードワンより

ボードワンの事件ですか、まだ触りの部分ですね。
本当は続きものにして一気に書き上げようかと思ったのですが、やめました(笑)
ボードワンは実際プレイしていると長いのですが、話的には短いんですよね?
でも、盛りだくさんといいましょうか…メンタル的に悲の部分が多いので更に話
が重くなっていきます。
次回は大佐の出番がない…かも!?
話もエド視点で進むことになるかな〜。
私的にはリザ視点かアル視点の方が書きやすいんだけど…あはは。








戻る