| 「大佐ぁ、お目付け役がいないからって仕事サボらないで下さいよ。」 エドワードの申し出でボードワン行を間逃れたブレダ少尉がだらしなくデスクにつっぷし ている上司に釘を刺していた。 「うるさい…。」 しかし、そんな健気な部下の進言に素直に耳を貸す程可愛気のある上司ではない。 一言でそれを粉砕して、いまだだらしないままである。 The effective trap 「ああ、ったく。中尉がいなくて機嫌が悪いのか、それとも───。」 「確実に後者でしょう。」 言うまでもない…と、フォルマン准尉が大きく溜息をついた。 「だな。中尉がいれば仕事しなきゃ銃の的にされるから…だもんなぁ。」 「鬼がいない間の息抜きなのでしょうが、それにしちゃ抜き過ぎてますしね。」 その時、電話の音がけたたましく二人の会話に割って入った。 近くに居たフォルマン准尉がそれをとる。 「はい、東方司令部……あっ、ハボック少尉。」 電話口から聞こえるよく聞きなれた声に、生きてたんですね…と何故か複雑な表情を 浮かべる准尉であったが、ふいにその受話器が強引に手元から引き離された。 「えっ?」 そこには上司がびしっとした姿で受話器を握っていたのである。 准尉とブレダ少尉は思わず顔を見合わせて心の中で見事に合掌してみせた。 ─────自分の席の電話をとればいいのに…どうしてわざわざここに!? 「ハボック、連絡が遅いぞ。」 『げっ、大佐!?』 すると、電話口からは失礼極まりない驚きの声が零れ響いた。 「なんだ、それは…。」 と、上官は上官で不機嫌を微塵とも隠しはしない。 で、どうなった…と大佐は受話器の先の少尉に報告を促した。 暫くの間、大佐は黙ってそれを聞き入っていたのだが進むにつれて更に不機嫌な顔が深まり、 ついには押し殺しているはずの声が受話器を僅かに震わせる程に達したのであった。 「なんだと…?」 『偵察だけだからと中尉と大将達がアーレンっていう考古学者の案内でシャムシッドに 向ったっスよ。』 飄々とそう報告してくるハボックにロイは頭を抱えて深く吐息を漏らした。 「…鋼のが居て偵察だけで済む訳が無かろうが。」 『やっぱ、そうっスよね…。』 と、深い溜息が受話器の向こうから聞こえてくる。 「なら、何故お前だけが還ってくる?」 『何故って、俺、怪我してるし…。 大体っスね、いくら大将も怪我しているとはいえ俺に止められると思います?』 「怪我?」 その言葉にピクリとロイの眉が跳ね上がる。 『そうそう、大佐。俺の危険手当、2倍にして下さいよ!』 「……。」 『大佐? 聞いてます?』 「ああ。考えておく。」 『まあ、ともかく詳しくは司令部で報告しますんで…。』 そこでとりあえずの報告は終わり、受話器が少し乱暴に元へ戻されたのであった。 しかし、当の上司はそこから動こうとせずじっと電話を見つめたまま何やら考え込んでいる。 やがてその不気味な沈黙に少尉と准尉が耐え切れなくなってきた頃…。 「准尉、アームストロング少佐を呼んできてくれ。」 「はっ!」 と、そう命令すると自分のデスクに戻り、どさりと腰を下ろして組んだ手に額を預けると また思考の泉の奥深くに沈み込んでいった。 すると間もなくして大きな身体が彼限定で小さくなる執務室のドアを潜り抜けてやってきた。 「ああ、少佐、悪いね。」 ちっとも悪いなんて思ってやいやしない事はこの部屋にいる誰もが知っているのだが誰も それは口に出しはしない。 「いえ。」 「鋼の達がシャムシッドへ向ったそうだよ。」 「シャムシッド…ですか?」 「ああ。古い遺跡しかないところだ。」 「遺跡しか…しかし、そんなところに行って何かあるんでしょうか?」 だが、それにロイは応えずただ不気味な笑いを浮かべるだけにとどまり、更に口を開いて 出てきた言葉は全然繋がりの無いものであった。 「そうそう、ボードワンに偵察に出したハボック少尉と鋼のがどうやら怪我をしたらしい。 で、ハボックだけが足手まといだと中尉に追い返されてくるそうだ。」 と、軽口を叩く。 その内容と彼の口調とが少佐の中ではどうも咬みあわず、どう反応していいのか正直困っ てしまったのだがとりあえずありきたりの質問をしてみることにしたのであった。 「で、ボードワンの方は…。」 「少尉の報告によると、恐らくだが…一人を除いては全滅らしい。」 「「「全滅っっ!!」」」 部屋全体が息を飲む音がする程にそれは衝撃的なものであった。 確かに今までも村ごと村人が消えたという例はあったが、全滅という表現は初めてで…。 しかし、その事で確信出来た事は皮肉な事に今まで消息不明になっていた他の多数の被害 者も、もう生きてはいないということである。 「全員殺害されたと…!?」 さすがのアームストロング少佐も一瞬言葉を失った。 「詳しくはハボック少尉が帰還後報告してくれるそうだ。」 しかし、この部屋の主は先ほどまでの不機嫌さとは別に至極飄々としている。 いつもなら自分のマイナス査定にしかならない事には酷く神経質になるものなのだが…。 その様を見て部下ならずとも皆、不気味な何かを感じ取ったのか思わずずりずりと僅かに だが足が自然と後退していったのであった。 だが、さすがに少佐だけは…何かに思い当たったか弾かれたように顔を上げる。 「まさか…。」 「少佐にもご同行をぜひお願いしたいのだが…。」 宜しいかな…と、分かりきった応えを求めてくる。 「無論っっ!」 …どうやらアームストロング少佐も火がついたらしい。 「我輩! この全身全霊全筋肉を持って…!!」 いつの間にか上半身裸になって一人で筋肉美を披露し始めてしまった。 それをブレダ少尉とフォルマン准尉は更に部屋の隅へと後退しながら、それでも目が離せ ずにいたのある。 世にいう怖いもの見たさ…というのに近いであろうか。 だがそんな彼らを尻目に部屋の主はさっさと手続きの為に指示を出していく。 嫌な確信だが、大量の死者を生み出し、かつ、軍部にも被害者が出した殺人鬼。 これで大々的に軍を動かすことが出来る。 それは、自身も憚らず動くことが出来るということになる。 そして動くからにはいかに効果的に登場するかが問題である。 ロイはそれぞれが与えられた役目の為にいなくなった執務室で一人クツリと嗤った。 「私の忠告を無視した罪は重いよ?」 傍らにはいない…そう、恐らく今は砂漠の中を渡っているであろう想い人に向けて白い 発火布に覆われた手が差し伸べてみる。 そう、いつもは絶対に呼ばない名を…。 その指先から生み出される焔に乗せて熱砂の砂漠に届けよう。 「…エドワード。」 その頃、砂の大海に沈んだ少年は……。 「あちぃ……。なぁ、じーさん、まだ着かないかよぉ。」 「なんじゃ、若いのに、そのだらしなさは!!」 「あはは、兄さんってば、リオールの時もそうだったよね。」 兄弟達がこの事件の発端に触れた町リオールも砂漠の町であった。 あの時もあまりにもの暑さにエドワードは干上がりかけたのだ。 「う゛る゛せ゛ぇ゛…。」 エドワードは砂と暑さで渇ききった喉からなんとか声を絞り出す。 そうまでして反論する必要はないとアルフォンスは思うのだが、そうせざる負えない性格 なのが兄なのである。 しかし、あまりからかい過ぎるとヘタれていてもいきなり凄いパワーを出して追い掛け回 されるものだから、砂煙の向こうに見えてきたぼんやりとした影を指して兄をいい方向へ 元気づけてみた。 「あっ、アレ、あのぼんやりと見えてきたのそうじゃない?」 その声にアーレンも下向きだった顔を上げて前方を見やる。 「ああ、それじゃ! あれが、”シャムシッド”の遺跡じゃよ!」 と、そうして枯れた指が指し示す先には確かにうっすらと黒い影が漂っていた。 アルフォンスにつられてエドワードもぼんやりと濁る瞳で面倒くさそうに前方を見ていたが、 アーレンの言葉を聞いて俄然エネルギーが出てきたのか、 「よっしゃーーーっっ! じゃ、先に行くぜ!」 と大声を張り上げるや否や、もうダッシュでその影を目指して走って行ったのであった。 「ああ、兄さん! 待ってったら!」 それに続いてアルフォンスも関節に入る砂のせいで不気味な音を上げている鎧を揺らしな がら追いかけていく。 「ちょっと二人とも…!」 ホークアイ中尉は子供のようにはしゃぐ…といっても確かにまだ子供なのだが二人を制止 しようと声を荒げるのだが時既に遅し。 すっかり砂煙で二人の後姿はぼやけてしまう程に距離をあけられていたのであった。 しかし、年老いたアーレンを…今までの様子から体力が人一倍あると分かっていても走ら せるわけにはいかず彼に並んでゆっくりと進んでいくしかなかった。 これから敵の本陣に乗り込むというのに、兄弟たちのおかげでまるで遠足にでも来ている 様な雰囲気である。 「なんじゃ、やはり子供は子供じゃな。」 アーレンが高らかに笑うと、ホークアイ中尉も頭を軽く振って溜息をこぼす。 「はあ…、もう仕方ないわね。」 だが、この微笑ましいその情景もその影の実態を見るまでのものであった。 砂煙に揺らめく黒い影は、招かれざる客人をその大きな牙でもって引き裂こうと不気味な 紅い光を鈍く光らせて待ち構えているのであった。 -THE END-
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