「…………ッッ佐? そ……で…、……………は?」

どうやら随分と深く寝入っていたようだ。

ふぅと浮上した意識がやけに騒がしくなった執務室の喧騒に耳鳴りを訴える。

「それで、エドワード君たちは!?」

だがそれも次に聞こえてきた言葉でどこか彼方へ吹き飛ばされてしまった。

「少佐っっ!! エドワード君たちはまさかその裏山へ!?」

「エ…ド…? 鋼の…!?」

まだ目覚めたばかりでふとついてでたそれにはどうやら誰も気づかなかったようだ。

第一、ロイが目覚めたことさえ気づかないのか、それぞれが慌しく動き回っている。

「それで、リゼンブールはどうなのですか?

 今のところ、被害は…。」

リゼンブール…その言葉にロイは跳ね起き、中尉が握っていた受話器を乱暴に奪い取った。

「大佐!?」

「少佐、どういうことだ!」

突然、聞こえるはずの無い声が怒鳴ったせいかアームストロング少佐も相手を確認する言

葉しか口にすることが出来ず、その声はらしくなくかなり上擦っている。

「た…大佐!?」

「何があったッッ!?」

隣では奪い取られて唖然としていた中尉が、軽く頭をふっている。

「まだ、何があったとは…。

 ただ、村にある裏山に怪物が現れたと住民がピナコ殿の家に駆け込んできまして…。」

「鋼のは?」

「調べに行くとその裏山へ…。我輩も行くと言ったのですが、ここで村人を守るようにと。」

「……ッッ!!」

「今は住人をピナコ殿の家に集めているところです。

 エドワード・エルリックの情報によると怪物は神出鬼没だということですので、散開し

 ていると被害の状況が…。………大佐?」

「いや、なんでもない…。

 で、麓に下りてきたという情報は?」

「いえ、今のところありませ……ッッ!」

その時、切れた声の代わりに、男女の絶叫とガラスが割れる音が耳をつんざいた。

「うわあーーーッッ!!」

続いて錬成の音、そして、受話器がどこかに当たるのか、ごつごつという音も混じる。

「少佐ッッ! アームストロング少佐ッ!」

ロイは理性では無駄な行為だと理解りながらも叫ばずに入られなかった。

酷い後悔が津波のように押し寄せてくる。

応える声は生きているだろうか?

すると、

「…大佐かい? あたしだ、ピナコ・ロックベルだよ…。」

と、やけに落ち着いた懐かしい声が耳を叩いた。

「マスタングです。ピナコ殿、今のは…。」

「莫迦が、村人に化けた怪物を連れてきてきちまったんだよ。

 こんな小さな村だ。ちょっと注意してみりゃ村人かどうか判るだろうにね…。」

ピナコは一気にそこまで言うと、大きく溜息をついた。

その頃、裏山の洞窟の中でくしゃみをしている子供がいる事を今は誰もしらない。

「ああ、安心おし。

 まだ誰も被害は出ておらんよ、あんたの優秀な部下さんのおかげでね。」

「そうですか…。」

ロイは僅かに息をついた。

アームストロング少佐は今のところ、ロイの直属の部下ではない。

人手のない東方の…ロイの為に親友であるヒューズ中佐が「傷の男」の事件の事後処理用

として置いて行ったのである…あくまでそれは建前上だが…。

それに彼は優秀な国家錬金術師でもある。

「傷の男」で相当の貴重な人材が失われている…。これ以上、被害は出せない。

「それからねぇ、エド達だが…。」

そうだ。彼らの事だ。

調査と行ってもそれだけで済むはずがない。

つい先日もテロリストを追いかけて、手を出しているのだ。

深入りするのは目に見えている。

だが、テロリストの時とは違う。相手は、神出鬼没の怪物なのだ。

ましてや、先日のあの怪物なら尚更のことだった。

「信じてやっておくれ。生きて還ると…。」

ロイは一瞬息を飲んだ。

彼が知る限り、ピナコ・ロックベルという人物は相当意思の強い女性である。

会ったのはエルリック兄弟が人体錬成を行った直後の数日間だけであったが、あの状況に

もそして軍人である自分相手にも怯むことをしなかった人物である。

その人が今、酷く声を震わせていた。

それだけに彼女たちが見た怪物は、恐ろしいものであったのだろう。

あの悪夢よりも−−−。

「もちろんです、ピナコ殿。

 彼は私が最も信頼を置いている部下ですから。」

だから、ロイは勤めて明るくこう返した。

「それに、『鋼』の二つ銘は伊達ではありませんよ。」

そして、その象徴である『鋼』は、このロックベル一家が作り出したものだ。

「そうかい…。」

そうだね…と、ピナコは小さく笑った。

そして今度は再び、アームストロング少佐の声に切り替わる。

「大佐。話の途中、申し訳ございません。」

「いや、村人に大きな被害はないという事だが…。」

「はい、紛れ込んだのも一体でしたのでけが人程度で今のところは済んでおります。

 今、ウィンリィ殿が筆頭になって住人の確認を急いでいるところです。」

「それにしても、人間に化けられるというのは初めて聞いたな…。」

「はい…。しかし、エルリック兄弟たちはこの事を…。」

「恐らく本当に知らなかったのであろう。怪物を見たのも神殿の中だと言っていたしな。」

「ではッッ!?」

「少佐…。エルリック兄弟はリゼンブールの出身だ。

 それに村を出たのも3年前…村人が分からなくなるほどの年数ではない。」

そうそれは、まさか知らずに近寄って危ない目にあったなんてとてもじゃないけど言えな

い程の期待された言葉である。

「そうでしたな。しかし、大佐…万が一の時は……。」

この時、珍しくこの男が「万が一」という言葉を使った。

彼がいう「万が一」というのはそれこそ最悪のシナリオなのは充分に解っている。

要するに、エルリック兄弟が阻止を失敗し、彼自身も倒れ村が全滅するということだ。

−−−考えたくもない。

「………応援の隊をすぐに送る。

 何事もなかったとしてもその後の調査が必要だからな。」

ロイはそれに強い吐き気を覚えながらも、マニュアル通りに事を進める。

相手も、それ以上は追求せず、短く「はっ!」と応えるに留まった。

そしてお決まりの挨拶を済ませ、通話を終わる。

「……大佐…。」

少し乱暴に置かれた受話器を見て、中尉が静かに様子を伺う。

だが、ロイはそれに応えることはせず、足早に部屋をあとにしようとした。

「大佐ッッ!!」

まさか…と中尉は大声でそれを止めに入る。

−−−まさか、自らリゼンブールに向おうというのではないかと…。

すると、ロイはその声に一応足は止めてみるものの、彼女には背を向けたまま、まるで言

い忘れたと言わんばかりに淡々と指示を放ったのだった。

「悪いが中尉、リゼンブールへ派遣する部隊の選出は君に任せる。

 出来るだけ早く向わせてくれ。」

「大佐! 差し出がましいようですが、今は−−−ッッ!」

「…大丈夫だ、中尉。

 ちょっと頭を冷やしてくるだけだ。」

そうして、ロイは今度こそ足を止めることなく部屋をあとにしたのであった。












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日付が変わって既に随分と経つ。

中の喧騒とは裏腹に、一歩外へ出ると恐ろしいほどに静かな夜だった。

この時期、月が出ている夜は本当に珍しい。

そう、雨が降っていない夜ということ事態が珍しいのだ。

久しぶりに見る大きな月。

だが、今のロイにはそれは血の色にぼんやりと輝いて見えるのであった。

ピナコやホークアイ中尉にはああは言ってみたものの、本当は今にでもリゼンブールへ駆

けつけたい衝動が細胞の一つ一つまでもを支配していたのだった。

少佐の声、村人の悲鳴、ピナコの声……。

その全てが、彼を負の世界と叩き落していく。

そして、これら一連の事件の真実から一番遠いところへ置き去りにされている自身に言い

ようのない腹立たしさを覚えた。

「鋼の…。」

しっとりとした風に煽られるように、ロイは天にある月を仰ぎ見た。

「…エドワード。」

寂しさが更に募る。

「君は何を隠している?」

だから、今は祈ろう…。

祈る神は持たないけれど……。

そう…。あの紅い月へ……。

君の無事を……。






その頃、エドワードとアルフォンスは大きな謎の練成陣の上に立っていた。

洞窟の天井にぽっかりと空いた大きな穴からは、燦々と月の光が降り注ぎ、赤黒く彩られ

たそれをより不気味に浮き上がらせている。

一方、その月明かりを背にうけて、謎の女が彼らの遥か上方から彼らを見下ろしていた。

「お前ッッ…、確かリオールのッッ!!」

エドワードはその後に東方司令部で一度遭遇しているので正確には違うのだが、アルフォ

ンスはその一件を知らないのでそう叫んだのであった。

「がああぁぁぁぁぁぁっっ!!」

すると、それは咆哮をあげながら、練成陣の中央に舞い降りてきた。

「ははぁ。オレたちに喧嘩売ろうって目だな! アルッ!! 行くぞッッ!」

そして、それを合図に全てが動き出した。



−−−祈りの月明かりの下、今まさに新たな死闘が始まったのだった。











-THE END-













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2004.11.24+++ amane

「赤きエリクシルの悪魔」〜故郷リゼンブールより

この後に起こるボードワンの事件はこれとは比較にならないほどの悲惨さの漂う展開なの
で、ついリゼンブールでも見えないところでちょっと小細工がしてみたくなりました(^^ゞ
それにしても、ロイとエドの絡みが全然ない…(T_T)
本当はロイが「リゼンブールに行くんだっっ!!」ってダダをこねて中尉と大喧嘩するっ
て展開を考えていたのですが、でもそんな事絶対にしないのがこの人なんでしょうねぇ…。
side-Rという事なので、また後日、side-Eを書きます(^^)








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