| 神様なんて信じちゃいねぇ…。 祈るだけで全てが叶うなら、オレたちの存在なんて意味がない。 −−−「努力」には「結果」が、「罪」には「罰」が、必ず目に見える形で還って来る。 だけど、この…目に見えない不安定なコレにはどうすればいい? あれば持て余しすぎて苛立たしいし、無ければ急に寂しくなる。 こういうのを「祈る」っていうのか? だったら、祈ってやるさ…アンタの為に。 −−−あの紅い月に向って…な。 Bloody Moon 〜 side-Edward 「結局、謎が増えただけだったね。」 静か過ぎるほどの静寂。 月の光の中、二人の少年はぼんやりと小さく切り取られた夜空を見上げていた。 不気味に輝く練成陣は、ふぃとそれから目を反らした兄の顔を紅く照らし出す。 「いや…。そうでもないぞ、アル。」 エドワードはいつの間にか拾い上げていた赤い石のかけらを手の上に乗せて弟に見せた。 「あっ、また!!」 「リオール、そしてリゼンブール…、怪物と赤い石…、まるでセットのように現れる。」 それに…謎の女を練成陣なしで再練成したあの男。 あの気配、あの瞳……。 「気にいらねぇ野郎だな。」 一瞬だが交わされた視線に、どうもいけ好かなさを感じたエドワードであった。 だが、アルフォンスはどうやら別の印象を抱いたようである。 「あの男の人…、何故だろう、凄く懐かしいような瞳をしていた。」 「あん?」 「う〜ん、誰だろう、誰かに似てるんだけどなぁ…。」 「オレにはないな、あんなヤツ、知らねえ!」 エドワードはつい吐き捨てるように言い放った。 だが、それにアルフォンスが慌てる様子は全くなく、どんどんと勝手に感想を述べていく。 「それにあの指輪の女の人も…謎だよね。」 そう、リオールの神殿で突如兄弟の目の前に現れて、例の指輪を渡した女性。 洞窟で再開したものの、また煙のように消えてしまったのだった。 「止めろ…か。 止めないと、この村も大変な事になる…。」 「も」…ということは既に大変になった村や街があるということだ。 確か大佐のからの情報の中にも「一夜にして住人ごと消えた村」というのがあった。 怪物の仕業、地面に人が吸い込まれる…そしてこの練成陣。 エドワードが知る限り、こんな練成陣にお目にかかったことはない。 だが、この練成陣、妙にエドワードの神経の一部を刺激するのであった。 「…ねえ、兄さん。 女性が女性に対して「あの人」なんて表現使うと思う?」 彼らが戦ったのは女の形をした怪物である。 エドワードは意識が既に練成陣へと向っていたためにアルフォンスの問いかけに一瞬気の ない返事を返してしまった。 「さあな、よく分かんねぇけど、普通は使わないんじゃないか?」 だが、急にあの指輪の女性の瞳が彼の意識を現実へと振り向かせる。 あの瞳の色が…誰かに似ている。 「だとしたら…。」 「やっぱり、あの男の人…だよね。兄さんや師匠と同じ…。」 練成陣なしで錬成を行う…咎人の証−−−。 しかし、徹底的に彼らとは違う事がある。 「あれは人間じゃねぇ! 人間が溶けて消えたり出来るものか!」 「でも、錬金術が使えるという時点でホムンクルスでもないよね。」 だが、それもホムンクルスであろうとも溶けて消えるなんてのは見た事がない。 少なくとも彼らが出会ったホムンクルスには姿を自由自在に変える事は出来ても突然消え るなんて芸当はなかった。 「ああ。くそっ、一体何なんだよッ!!」 謎が深まるばかりの中で苛立ちだけが積り続ける。 「ねえ、兄さん。」 どっさりと座り込んでいるエドワードに対して、アルフォンスはそれに向かい合うように 佇んでいた。 アルフォンスは遥か高いところから兄を見下ろしておずおずと口を開く。 「これから言うこと、怒らないで聞いてくれる?」 「んあ? ああ、なんだ。」 エドワードは確かに周りから怒りやすいように見られてはいるが、不当な怒り方をする訳 では決してない。 それを充分に知っているアルフォンスがそう前置きするのならば、恐らく今から彼が告白 する内容はエドワードの神経を酷く逆撫でするものなのだろう。 エドワードも、それが分からない訳ではない。 ましてや、からかう以外に兄を不当に困らせる事をしない弟の頼みならばそれがどんな事 であろうとも黙って聞いてやろうと思うほどであった。 「あのね、あの指輪の女の人…。」 アルフォンスはそこで一旦言葉を止める。 そして、それに耐え切れなくなった頃、ぽつりとこう一言。 「母さんに似てるね。」 その時、エドワードの身体が痙攣したように震えた。 それを上から見たアルフォンスは全身全霊を込めて身構える。 あの反応は絶対に兄の神経を大いに逆撫でしたとアルフォンスは今までの経験から確信した。 −−−怒鳴られるッッ!! 彼は視線を反らしてあるはずのない耳を手でおさえる。 「……ッ!?」 しかし、来るはずのものが一向に来ない。 ただ、静寂がそこには横たわっているだけであった。 「………?」 アルフォンスはその不気味さに恐る恐る視線を下にいる兄へと向ける。 するとそこには、大きく瞳を見開いて自分を眺め…否、そこを遙かに通り越したどこかを 眺めている兄の姿があったのだった。 「に、兄さん!?」 瞬きも忘れたように固まっている兄の見る先をアルフォンスは慌てて追うのだが、そこに はぽっかりと空いた天井に大きな月が浮かぶだけである。 自分が言い出したとはいえ、何の反応もない兄に困ってしまったアルフォンスはどうしよ うかと必死に次の言葉を探していたところ、突然エドワードがくしゃりと自嘲った。 「…そうだな。 どうりで−−−−−断れねえはずだ…。」 そしてそうポツリと言葉を溢すと、膝の間に顔を埋め込んでしまう。 アルフォンスはその意味が分からず、深く首を傾げた。 断るも何も、赤い石とリゼンブールが絡めば自分達は否応なしに動かなければならない。 特に赤い石は自分達の望むべき道なのだから、彼女に頼まれなくとも動いているだろう。 アルフォンスは何故か急に兄の存在が遠くにあるように感じて不安になった。 −−−誰のことを言ってるの、兄さん? だけど、それを口に出すほど彼は愚かではなかった。 結局ただ、彼はじっと待ち続けるしか出来ないのだから…今も昔も…。 そして、その時、エドワードは酷い自己嫌悪の中にいた。 あの女性の瞳が気になっていたのは同じなのに、自分は全然違う人物を彼女に重ねていた のだ。 「くそッッ!!」 こうなったら認めざるおえないじゃないか! −−−鋼の…。 そう言って時折見せる瞳の色が、どうにも彼女に重なって仕方が無い。 止めたいのか、オレを…。 アンタが、示した路じゃないか! それなのに、今更−−−。 「どうしてそんな瞳ッッ、するんだよッッ!!」 絶対に口で止めはしない。 行きたいといえば、軍の体面上何もなければ自由に行かせてくれる。 情報もなんだかんだと言う割にはちゃんと与えてくれる。 「オレだって分かってる…。」 本当はそんな事をしちゃいけない事くらい…軍の狗であるならばしちゃいけないというこ とは充分分かっている。 その好意に甘えている事くらい…は。 でも、今の自分が存在する意義は弟の為。 それだけはどうしても譲れない。 例え、己の本心を偽ってでも…。 −−−これから先もずっと。そう目的が果たされるその日まで…。 だから、これからも彼の望みは叶えられない。 ただ一つだけ叶えられるとしたら…、それは…。 「私の管轄内で死ぬことは許さんぞ、鋼の…!!」 どうにかそれだけは…叶えてみせよう。 どんなに惨めな姿を曝しても、それしか叶える事が出来ない小さな存在だから…。 そう、祈る神などいない。 咎人は最後の時まで独りで地を這い続けるしかないのだ。 「アル…。」 ともあれば現実から逃げそうになるほど弱くなってきた自分を弟の名前で繋ぎとめる。 「何、兄さん?」 アルフォンスはやっと口を開いた兄に覚られぬよう、出来るだけ普通に装った。 「この練成陣、壊すぞ…。」 「ちょっ、ちょっと待って! そんな事したら、あとで大佐に怒られるよっっ!!」 恐らくこの事件はロイの元へアームストロング少佐から報告が上がるだろう。 そして、それに直接関与した鋼の錬金術師も報告の義務がある。 その後、軍により調査がなされるのだ。 で、その証拠物件ともいえる練成陣を壊すということは、軍の規律に反することである。 「なーに。この練成陣を見たのはヤツラ以外、オレとお前二人だけだ。」 そういってむくりと立ち上がったエドワードは先ほどとはうって変わって、何やら楽しげ にくすくす笑っていた。 そう、それはまるで今から大きな悪戯を始める子供のように…。 「怪物と戦った時に壊れちゃいました!とでも言やあ、分からねぇ、な♪」 「な♪、じゃないでしょッッ!?」 ああ、そこでどうして去り際に怪物が壊したと言えないんだかなぁと兄の浅はかさに頭を 掻くアルフォンスであった。 「黙ってろよ、アル。」 「ああ、兄さんてばッッ!」 アルフォンスが慌てて止めに入るが、既にエドワードの両の手が練成陣にふれ、その形が 様々に書き変わっていく。 そして、エドワードはアルフォンスを連れて練成陣の外へと出た。 「兄さん?」 アルフォンスが兄の行動が読めなくなり不安げにその様子を眺めていると、エドワードは パンッと両の手を合わせ、それを地面に触れさせる。 すると、バチッという音とともに、大地に亀裂が大きく入った。 それは凄い音を立てて練成陣をぶった切っていく。 「よっしゃ! これでOKだな♪」 その反応が通常の錬成反応ではないことにアルフォンスはすぐ気づいたが、あえてそれは 問わないことにした。 それにしても兄の吸収の良さには本当に驚きを隠せない。 たった一度だけ交わしただけで、相手の手を会得してしまったのだから…。 そう、それが錬金術の過程の一部だとしても。 「兄さん…やり過ぎ。」 アルフォンスは相変わらず手加減の無い兄に大きく頭をふった。 しかし、一つここで疑問に残ることが出てくる。 「ねえ、兄さん。 どうして練成陣を書き換えたりしたの?」 どうせ壊すものならわざわざ危険を犯してまで書き換える必要はないはずであった。 「ただ、壊すだけじゃ、復元される恐れがあるからな…。」 自分達がまだ解読出来ていない練成陣とはいえ、軍部にはそれなりにエキスパートが揃っ ているのだ。 あんな不気味な練成陣を調査という名の元に復元されて軍部で利用でもされた日にゃ、目 もあてられない。 「こんなもの、知らないほうがいいんだよ…。」 エドワードはなんとなくだがこの練成陣の意味が分かっていた。 だからこそ、いじれたというのもある。 「−−−そうだね。」 アルフォンスにしても兄ほどではないが今までの事象を考えればこの練成陣がいい意味で 残り続ける事が出来ないことは理解できていた。 「さて、戻るかッ! ばっちゃん達の事も気になるしな。」 「そうだね、戻ろう。」 そうして、裏山の洞窟を抜ける。 空から降る光の具合からどうやらまだ少しの時間ではあるが世界が闇の静けさの中に覆わ れていられる事が分かった。 エドワードはすぅ…とひとつ大きく深呼吸をすると、まだ天を支配しつづけている大きな 月を眺めやる。 明日にはまた、あの厭味たっぷりの声を聞かねばならないのだろう。 だけど、何故だろう…。 今、無性にその声が聴きたい気がする。 いつもならもっと長い間聞かなくても平気なのに…。 「ったく、呼ぶなよな…そんな声で。」 月に向って独りゴチてみる。 燦々と降る月の光が、男の声を運んできた。 そう、それは包まれればその底が見えないほど優しいのに、その上面は冷たくて…。 −−−鋼の。 「ああ、分かった。帰ってやるから…。」 だから…。 「−−−そんな顔するなよ、大佐。」 そう言って、エドワードは冷たく輝く月に向ってふうわりと微笑んだのだった。 -THE END-
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