お前の世界は狭いから…、
いつもたった独りしかそこに住むことができない。
どんなに近くに居たとしても、
どんなに永い時間を語り合ったとしても、
お前の世界は本当に狭いから、
いつも俺は…。










Never End...

































追われて隠れて…。
それでも諦めきれないたった唯一人の存在。
信じ愛する魔王に全てを捧げたその彼を、取り戻したくて地の底を這いずった日々。
しかし、やっと手に入れたその人は、過去の全てを失っていた。
魔王の眷属に完全死はない…。
自らが道を閉ざさない限りは、何度死のうと時間をかけて再生の道を辿る。
彼…レイジは、魔王ジーナローズの実弟であり、魔界最強の「カルテット」の頂点
「ジェネラル・テンペスト」の異名を持つ。
彼が新たな覚醒と引換えに失ったのは記憶ばかりではなく、その偉大な力も例外
ではなかった。
それは魔族にとって吉となるか凶となるか…。
この時は誰も知らず、ただその現実に打ちひしがれる者あり、また、彼という存
在の復活に歓喜する者もあり。
そして、ここに…。
天使とそれに操られている人間達に追われ続けるばかりであった魔族達の反撃が
始まった。
と同時に、魔王ジーナローズの復活を急ぐ。
魔界はなんといっても、魔王の力により守られており、魔王不在のこの状況下で
は天使はおろか人間さえも追い返す事は不可能に近い。
だが、レイジは、時折見る失われた記憶の断片に苦しめられていた。
俺はそれを知りながら、ただ隣でピエロを演じ続けるしかない。
手を差し伸べ、心配ないと抱き締めてあげたい…。
だが、それは俺たちの関係に歪みを作る事になりかねないからだ。
特に、現在の状況でそれは…「ジェネラル・テンペスト」の腹心として冷静に見
てみれば避けたい事態である。
いや、そうだろうか…。
これが、以前と同じ状況でも…恐らく出来はしなかっただろう。
彼の瞳に俺は映ってはいないから…。
俺が彼の世界に住む事は許されていないから…。
全てを壊しても、自分の欲を叶える事は…悪魔らしからぬ事だが出来なかった。
口の端は皮肉に跳ね上がる。
そして、俺は己の臆病さに毎日心底舌打ちをするしかなかったのだった。


















「ねぇ、ギル。」
「なんだい、ヴィディア?」
「レイジって、やっぱり変わったよね。」
「そうかい?」
「うん!
 だって、昔ならあんな笑顔、見せてくれなかったもの。」
「ふうん。」
「何よ…。
 興味なさそうね。」
「興味あるもないも…俺には関係ないからね〜。」
「あ・の・ね!
 ちょっとは賛同してくれてもいいじゃない!」
「そんな義理ないが…、まぁ、一応認めておきましょうか。」
彼奴は…レイジはここのところずっと、失った何かを埋めるものを探し続けてい
る。
それが何なのか…、何を彼奴が見ているのか…愚かにも俺は知ってしまった。
そう、今、隣で幸せそうに微笑んでいる怪力女。
だが、俺は残念な事にこいつを憎いとか…そういう感情を持つことができなかっ
た。
こいつの一途な想いもまた、認めたくはないが、俺自身だからだ。
一層、とことん憎めたら、どんなにか楽であろうに…。
本能の赴くまま、邪魔者は…。
時間がありすぎるというのもかなり問題のあることだと俺は深く溜息をついた。
「ギル?」
らしくない苦笑いを浮かべる俺に、ヴィディアが心配気に覗き込んでいる。
これは、なんとした失態だ…。
皮肉にもこいつは、こういった感情の動きに敏感なタイプである。
俺はお得意のピエロの仮面でそれを覆い隠すことにした。
「だが、ヴィディア、これだけは覚悟しておくんだ。
 魔王が…ジーナローズ様が復活した時は…。」
「…分かってるわよ。
 それ以上は……言わないで…。」
ヴィディアは、昔よく見せた…悲しいまでの微笑みとともに顔を伏せた。
「分かっていれば…それでいいさ。」
それは、一見、冷静沈着な参謀としての忠告。
だが、実はそんな立派なものではない。
冷静な態度に秘めた、単なる嫌がらせと自身の理性の再確認のようなものだった
のだ。


















俺たちの…いや、魔族の希望は断ち切られてしまった。
魔王ジーナローズの復活は失敗に終わったのだ。
ジーナローズ様は、とうとう、レイジの声さえも受け入れることはしなかった。
何がそこまで魔王を追いつめたのだろうか?
ジーナローズ様は恐らく天地魔界において最も人間を愛しんでおられた御方。
その御方は皮肉にも、愛してやまぬ者達に憎まれ…そして刃で貫かれた。
レイジが言うには、彼女はもう憎まれることに疲れたのだそうだ。
黒い羽を持つは故に、そしてその絶大な力ゆえに、人間から恐れられ憎まれた続
けた魔王ジーナローズ。
どれだけ慈愛をそそごうとも、それは彼らに届くことは決してなかったのだ。
そして、誰も己を愛してくれないと錯覚したまま、彼女は永遠の眠りについてし
まった。
結局、彼女の世界もまた、小さく狭かったに違いない。
そこにはあれほど献身に尽してきた実弟・レイジの姿は存在すらしなかったのだ
から。
ジーナローズ様は、空虚となった小さな世界に押し潰されて、その命すらも己の
手で閉じてしまった。
悪魔とはそういうものなのだろうか…。
こういう事態になって知った事実だが、魔界最強と謳われるカルテットの一員で
ある、ヴァージュ様もフォレスター様も小さな小さな世界にたった一人を住まわ
せて、微妙なバランスの中で生きている。
ユーニ様だけは少し違うようであったが、恐らく…彼の全ては、俺たちと同じに
違いないだろう。
彼の言動一つ一つが、如実に物語っている。
だが、記憶を失い…小さな世界の住民を失ったレイジの中には既にヴィディアが
入り込んでいた。
おかげでというのもかなり皮肉な話だが、レイジはジーナローズ様の後を追わず
に済んでいる。
そして俺はまた、戯けるだけでしか彼の傍に存在することしか許されなかった。
……なぁ、レイジ。
俺はいつになったら、お前の瞳に映るのだろうか…。


















魔王の加護が受けられないと分かった以上、立ち止まっている余裕は俺たちには
なくなっていた。
散らばっているカルテットを纏め、そして、人間達を…否、それを操る天使達を
魔界から一掃しなければならない。
闘いの日々に明け暮れる。
魔族は決して団結力の強い一族ではない。
個人の力が強い故だからなのだが、その力は魔王からもたらされる恩得であって、
現状それがいない状態では、団結力で誇る人間や天使達にはどうしても圧され気
味になってくる。
それでも、俺たちは切り崩していった。
俺は次から次へと戦略を立てる事に終始し、忍び寄る惨劇の予兆に気づきもしな
かった。
俺たちは一体、誰に踊らされているのか?
悪魔も人間も天使も……ターンテーブルの上で紅いソースを撒き散らしながら踊り
狂わされているだけ。
それを誰かが、笑ってみている。
全ては…その誰かの計画通りなのかもしれない。
そんな不安や危惧も、何故か妙な事に得も言われぬ感情の波に忘れそうになる時が
ある。
それは、今まで隠されていた彼の…レイジの本質に触れる事に一喜一憂するせいか。
記憶を失う前の自分に出逢う度に、何とも言えぬ表情をし、素直に謝る彼に、俺
とヴィディアは苦笑しながらも、史上最高の幸せに浸っていたのだった。


















ぽっかりと小さな世界に穴が開いた。
彼の…レイジの中は再び何もなくなってしまった。
そう…、ヴィディアが死んだ。
彼女は王族の眷属ではないから、復活はありえない。
さすがの俺も、これは堪えた。
永い間、共にレイジの親友であり、腹心であり、また同じ想いを共有した者であ
った。
しかし、それは俺に一瞬の…そして決定的な錯覚を植え付けてしまった。
「…永遠を俺にくれ……、ギル…。」
薄闇の中、ふわりと微笑んで応える彼に、俺はやっと彼の瞳に映る事が出来た…
と…、そう信じてやまなかったのだった。
いや、そうじゃない。
結局、俺も…俺の世界も小さく狭いのだ。
俺の中には、ヤツしか…レイジしか住めない。
どんなに魔族の先行きを考えて戦略を練っていようと、念頭にあるのはレイジの
…彼奴の幸せしかない。
それが例え、狂っていようとも…今、この一瞬に全てが報われた。


















「全てをゼロに…!!」
大天使長メルディエズの狂声が天界の大聖堂に鳴り響く。
何とも狂った神様が居たもんだ。
同族殺しは、悪魔と人間だけの十八番かと思いきや、天使とはかくも愚かな生き
物であったのか。
己を滅ぼす相手を信仰するとは…。
だが、それも終わりを迎える。
そう、全てに永遠はなく、始まりがあれば終わりも遅かれ早かれやってくるのだ。
しかし…、ここに終わりのない…いや、終わることを忘れたそれがやってきた。
一抹の不安は、彼奴の一言で決定的なものへと変わっていく。
「…何故だ…?
 メルディエスを倒したというのに…。
 何故、消えない?
 なぁ、ギル、何故だ?
 何故、憎しみが消えないんだっっ!?」
大聖堂に新たな狂声が響き渡った。
「…レイジ。」
俺はただ、彼奴の傍で溜息と共に立ちつくすことしかできない。
「殺シテヤル…。
 天使モ、人間モ…!!
 全テ 抹消シテヤル!!」
血を吐くようなそれに、応えてやれるのはただ一言。
「あぁ、レイジ。
 俺は、いつでもお前の味方だ…。
 共に行こう…。」
狂い叫ぶ彼奴を、ゆっくりと抱き締める。
光のないその瞳に、今は何も映っていない。
なぁ、ヴィディア…。
俺はやっぱり、お前には敵わないのか…?
お前を超える何かを、彼奴にしてやることはできないのか?


















狂宴は終わることを知らずに繰り広げられた。
天使を滅ぼし、人間を滅ぼし…そして向かう先を失った狂気は、同族へと向けら
る。
日に日に、悪魔もその数を減らし…見渡すと、この世界に残ったのは、俺とレイ
ジの二人だけになっていた。
「マダ…ダ。
 マダ、消エナイ!
 誰カイナイノカ!?」
何も映さない瞳が忙しなく動く。
「レイジ…。
 もう、俺とお前だけになった。」
その声が届いたのだろうか…。
背を向けて佇んでいる彼奴の身体がピクリと震える。
そして、ゆっくりと振り向いた。
「…レイジ。」
しかし、それは一瞬の奇跡で、もうその言霊は届かない。
「……レイジ。」
濁った眼球が笑い、彼奴の唇が醜く跳ね上がった。
そして…。
「見〜ツケタッ!」


















世界が赤と黒に染まっていく。
崩れた身体を起こそうとしても、息苦しさもともなって思うようにいかない。
誰かが俺を見下ろしているが、それさえも…もうぼんやりとしか映らなかった。
そう…見下ろしているのは、ただ独りの男しかいない。
それが分かっているから、心の奥底で溜息をつくと、もう役に立たない瞳をそっ
と閉じようとした。
しかし…。
「……ギル…?」
名を呼ばれ、それは未遂に終わってしまった。
俺は、ほとんど見えもしない瞳を大きく見開いた。
「………ギ…ル…?」
あぁ…、なんだか、久しぶりに名を呼ばれる気がする。
子が親を探すように何度も頼りなげに呼ぶそれになんとか応えようと重い口を開
こうとするが、そこから溢れるのは、言葉ではなく、血潮のワイン。
それでもその努力を惜しまずにいると、温かい何かが頬に触れてきた。
「……な…ぜ…?」
そして、顔には恵みの雨が降る。
「…レ…イ…ジ…。
 泣……く…な。」
そう、これは俺自身が望んだこと。
「最…後までお前……に付き…合うと…。
 ………俺…が勝手……に決め…たこ…と……。」
だから、お前のせいじゃない…。
何とか安心させたくて、彼に触れようと手をあげようとするが、それには少し遅
すぎたようだ。
だが、今、俺を支配しているのは驚喜と狂喜だった。
やっと…やっと、俺は彼奴の瞳に映る事が出来た。
それも最後の一人としてだ。
誰も…誰にも成し得なかったそれを、俺は今弱まる音と共にゆっくりと味わって
いる。
そして、the end.
一つ深く息をつくと、振子は止まった。
「いやだぁ……ギル…!」



その瞬間、尽きることのない新たな狂気が宛もなく世界を孤独に駆け抜けていった。


















Never End...
そんなモノは存在しないと思っていた。
だが、それは、それを見ずに生きることしか許されていなかったからかもしれない。
誰かが笑う。
果てなく繰り返される狂気は、その誰かの慟哭…であろうか?

























なぁ、ヴィディア…。
俺はやっとお前に勝ったな。
これで、彼奴の世界には俺しか住むことができない…。
だって…さ。




クツリと嘲笑う。



もう、誰もいないんだぜ…。






























世界は誰かの思い通りになった。



『全てはゼロに…。』










The End





戻る