| +++ Turning point +++ |
| 俺は一体ここで何をしているのだろうか…。 捕虜として待遇は悪くない。 あの方は…、お優しいから…俺に新たな道を与えてくれた。 だから、俺はあの方の為だけに…力を奮う。 そうか? そうなのか? 違う……違うような気がする。 いつも何かから逃げているばかりの俺に、手を差し伸べてくれるのは…。 「隊長! 敵です!」 酷く緊張した声が遠くで遙か遠くで木霊している。 敵? 微かに届いたそれにヴァレリーはふぃと顔を上げた。 「マーキュレイ軍です!」 マーキュレイ…? どこにだ? ぼんやりとした意識の中、小さな村の入り口に立つ数人の人影をじっくりと見や ると、その中の一人が懐かしい声で彼の名を呼んだ。 「…ヴァレリーさん。」 それはこんなに遠くに居ても、まるで耳元で囁かれているような…声音から彼ら の戸惑いと…何故か安堵した吐息が感じ取れる。 「隊長?」 つい、ふらり…と前へ足が出てしまった。 まるで、見えない手に引き寄せられるように、そう…彼の…敵と呼ばれている一 行の先頭に立つ細身の男に目が釘付けになる。 「…リーダー。」 敵国ヴァルカニア王国の捕虜になったその後、あの方から軍属として招き入れら れて間もなく、彼らが…ルイン・チャイルドが自国で人体実験のモルモットになっ ているという噂を聞いた。 まさか…という感情が真っ先に芽生えたのは、今までデュルクハイムでは軍に協 力する事を引換えに珍重されていた事が当たり前というのが、ヴァレリーの心に も根付いていたからに他ならない。 これは、自分を消そうとする…ヴァルカニア兵士の謀略なのだと。 しかし、それは最も信頼するあの方の一言で現実味を帯びていった。 デュルクハイム軍は、ヴァルカニア軍にルイン・チャイルドを盗られてしまった 為にその優勢を独占出来なくなってしまった。 そこで彼らは、敵国よりも早く新たな強い力を彼らから手に入れようと躍起になっ ていると…それが、人体実験なのだ。 2000年前、天使によって滅ぼされた人類。 その生き残りである、ルイン・チャイルド。 あの壊滅的な状態の中、生き残った彼らに何らかしらの力があると信じる今の人 類を責めるつもりはないが、しかし、所詮彼らは、ただの人間。 高度文明の名残である遺跡の扉が開くのは、彼らに力があるのではなく、システ ム的な問題であるのだが、それを追いつめられた現代人類に理解しろ…というの は酷なことなのだろうか…。 無意識に零れたその呼び名が随分懐かしい気がした事に内心驚きを隠せないヴァ レリーであった。 一時は、本気で脱走を考えた事もあった。 還るべきところはデュルクハイムなのだと…。 彼らの…目の前の男の元へ還るのだと。 だが、現在、互いの間には遙か遠い過去のように見えない厚い壁が立ちはだかっ ている。 敵と割り切れるほどに…。 「…なんだ、デュルクハイムの次はマーキュレイか…。」 変わり身の早い…とすらすらと皮肉りの言葉を吐く、酷く冷静で醜い自分がいた。 彼らだけではない、変わり身の早いのは自分も変わらない。 しかし、どこかで自分は違うと懸命に庇護する、もう一人の自分が居た。 だが、その時、彼の…クレヴァニールの表情が柔らかに緩み、 「…無事だったんだな。」 と、それは他人には判らない程度の微笑みを浮かべていた。 「あぁ、あの時…俺を連れ去ったミュンツァー様は俺をとても買ってくださって いる。」 本来なら捕虜として粗末な扱いをされても仕方のない自分を、あの方は軍籍まで 与えてくれたのだ。 あの方がいるからこそ、俺は今まで生きて来られた。 だから…。 「悪いが、死んで貰う!」 あの方の恩に報いるために、かつての仲間もこの手にかける! 「…ヴァレリーさん!?」 レムスが悲痛な声で叫ぶ。 デュルクハイム軍時代ラインファルツ基地に集められたルイン・チャイルドの中 でも同じグループに属していた仲のクレヴァニールとレムス。 レムスはルイン・チャイルドではなかったが、後から配属されたヴァレリーにも 何かと世話をやいてくれた、優しい少年だった。 クレヴァニールは酷く無口で、必要以上の事はほとんど喋らないタイプであった が、その戦闘能力と指揮能力は恐らく軍の中でもトップクラスであっただろう。 きらりとリングウェポンが輝き、利き手に武器が握られた。 ヴァレリーの武器は中距離にも対応しているブーメラン型の大剣。 それをまっすぐにマーキュレイの警備兵へと向ける。 マーキュレイ王国の中でもデュルクハイム共和国に近いアイーダ国境橋近くにあ る小さな村、サンセール。 何故、こんな小さな村をヴァルカニア軍が占領するのかその価値がいまだ読めな いマーキュレイ軍はたった3名の警備兵しか置いていなかった。 あとは、村人と旅人…という一般人。 それらを守りながら、クレヴァニール達は僅か4名でざっと見てもその数倍以上 はいる敵兵達と相対さなければならないのである。 彼らの手にもそれぞれ武器が握られた。 クレヴァニールは細身の剣をすらりと構える。 その様に思わず、ヴァレリーは魅とれてしまった。 そうだ…最初の出会いもそうだった。 軍に配属される事に決まったヴァレリーが初めて基地の内部を案内された時、訓 練場で見たその姿。 同年代の中では一際目立った剣裁き。 それは派手な力強さではなく、まるで剣舞のような雅な軌跡。 それでいて、その威力に思わず息を飲んだヴァレリーであった。 それが、今、目前にある。 軍に正式に所属してからも何度か練習で剣と交えたことはあったが、実践で相対 するのはこれが初めてだ。 ぞわりと何かが身体の奥で起きあがる。 それは、一体何だったのか…恐怖か、それとも、興奮か…。 しかし、ヴァレリーはそれを理性を総動員して抑え込んだ。 本来ならば真っ先に彼目指して一目散に駆けていきたいのだが、今はヴァルカニ ア兵を一小隊を任せられている身としては最も効率の良い戦い方をしなければな らない。 …それが、己の信念をねじ曲げることになろうとも。 ヴァレリーは迷わず一線に最も近くにいる警備兵へ武器を飛ばす。 その警備兵は風切る速さで飛来してくるそれをクレヴァニールの指示通り、武器 で受け止めるがその威力は彼に軽傷を負わせるほどであった。 すかさず、彼には防御力を高める魔法と傷を癒やす力とがかけられる。 そして、続いて他の警備兵達にも防御力を高める魔法とそれまでによる戦闘によっ て傷ついた身体を癒やしていった。 彼らには手を出さずに防御に徹するように伝えてある。 クレヴァニールとイライザは、後方支援のフレーネとレムスの援護を受けながら それぞれ手近の敵を薙ぎ払っていった。 特にイライザは華奢な身体と女性ということもあって敵が集中したのだが、その 見目に騙されて次々と地面へとひれ伏していく。 「くっ…、かなり場数を踏んできたな。」 ヴァレリーはその強さに息を飲んだ。 こちらは小隊ほどの人数を有しているというのに、あちらはたったの4人。 しかし、圧倒的にこちらが圧されている。 後方支援にあたる弓隊や魔術師部隊は、レムスの弓とフレーネの魔法で次々と倒 されていった。 そして、他もその数を急激に減らしていっている。 「これほどまでとは…。」 彼がよく知る…一騎当千と謳われるロイヤル・ガードほどではないにしろ、彼ら には頭数を揃えただけの兵では太刀打ちできない。 「これは早々に、片づけ……!?」 その瞬間、細い光が流れ星のように視界をかすめていった。 反射的にそれを除けるよう、ヴァレリーは大きく後方へ飛びす去る。 「…っっ!!」 光の軌跡が切れると、そこには彼が焦がれてやまなかった男の姿があった。 「……リー…ダー…。」 だが、男の顔には先ほどの暖かみはなく、つぃ…と細められた瞳からは黄金の鋭 い光が妖しく輝いている。 「!?」 その姿が一瞬、よく見知った顔とダブるのだが、すぐにそれは流れるように振り 下ろされた細身の剣によって砕け散ることとなった。 「…うっっ!?」 瞬時に武器で受け流したヴァレリーだが、その華奢な身体つきからは想像が出来 ない程の力に冷や汗が流れる。 ヴァレリーとて、外見だけでその人間の力量を計るほど愚かではなかった。 彼は現在、ヴァルカニア王国の軍属である。 そこには、ロイヤル・ガードが3名いるのだが、うち2人は細身の麗人だ。 しかし、彼らが繰り出す剣は一振りで何十もの敵をなぎ倒していく。 軽く痺れる腕を相手に気取られぬようにしながら、ヴァレリーはすかさず大きく 構えをとった。 彼の素早さはよく知っている。 つめられない間に攻撃をしかけねばならない。 それは、彼の武器に原因があった。 それは遠近両方ともに適応しているのだが、あまり懐に入って来られると、その 長さが災いして威力が半減するのだ。 だが、それは叶わなかった。 「ぐぅっっ!!」 その瞬間、ヴァレリーは腹部に鋭く焼けるような痛みを感じていた。 そう、ヴァレリーの武器が彼の手を離れる前に、クレヴァニールはその間合いを つめ、攻撃していたのだった。 「隊長っっ!?」 僅かに生き残っている部下の悲鳴が、酷い耳鳴りの中に紛れて聞こえてくる。 「ここは私たちでくい止めますので、どうか下がってくださいっっ!!」 くい止める? そんなのは不可能だ。 今のヴァレリーには、部下の労りの声も素直には聞き取れなかった。 しかし、恐らくここで命を落とす事になるだろう彼らにそんな態度を見せる事は 彼の本来の気質に逆らうことになる。 「す…すまない…。」 それほどに、今のヴァレリーは精神的に困憊していたのだが、揺らぐ身体をなん とか奮い立たせて、村の奥にある脱出路へと消えていったのだった。 無様な後退であった。 恐らく残された部下達は全員、生きて国へ帰れることはないだろう。 それだけに、彼らと自分達の実力は違いすぎたのだ。 いや、実力だけであろうか? 実力だけで、戦いに勝てるものではない事をヴァレリーはよく知っている。 優れた指揮官と…そして部下との信頼関係、時の運など様々な要因が他にはある。 自分達には一体、何が足りなかったのか? 運は…どちらかというと、ヴァレリー達にあったはずである。 ならば、己の指揮能力か…。 それとも……。 答えはとうに判っていた。 「ク…クク……。」 ヴァレリーは、冷たい床に転がる数名の兵を無表情に見下ろしながら不気味に嗤う。 そう、自分達には信頼なんぞ無縁のことなのだ。 ヴァレリーは、温かく迎えてくれたロイヤル・ガードの1人であるミュンツァー 卿は絶大な信頼を置いている。 彼が理想とする未来図を生涯かけても叶えてやりたいと思うほどに…。 だが、彼の部下…否、その他のヴァルカニア兵は違っていた。 自分達がデュルクハイムから奪ってきたルイン・チャイルドを…間者か何かと思っ ているのか…、それとも、ただの捕虜が軍属に入ったのが気に入らないのか、彼 が正式に軍に入ってからというものの、毎日のように刺客がやってくる。 そして、今日も…。 あの方が…ミュンツァー様が亡くなってからというもののその激しさはより増して きていた。 諌める者がいなくなったのだ…当然、遠慮もない。 もちろん、もう1人のロイヤル・ガードであるシルヴァネール卿の耳に入れば、た だ事ではすまないだろうが、その彼女の人は亡くなったミュンツァー卿の分も1人 でカバーする為に遠征に継ぐ遠征の日々を過ごしていた。 国には帰ってくるものの、用件が済めばまたすぐに戦場へと去っていく。 そんなものだから、軍の片隅で起こっている雑事にまで目が届かないのだ。 …ロイヤル・ガードは、ミュンツァー卿、シルヴァネール卿の他にもう1人いる。 アルフォンス・オーディネル卿がその1人なのだが、友好国であったマーキュレイ 王国で起こった事件を期に袂を分かち合ってしまったのだ。 小国であるマーキュレイ王国は、陸で隣接する大国ヴァルカニア王国へ資金援助 する事で軍事的庇護を受けていた。 マーキュレイは小国でありながら、温暖で豊穣な土地を持ち、更に海に面してい る為、貿易がさかんである。 軍事力は弱小だが、その資金力は大陸の中でも大国にはひけをとらない。 故にこの小国を狙う国は歴史を紐解いても後を絶たなかった。 そして…天使の人類への攻撃で国々が動乱に追い込まれた最中、力圧しを得意と するデュルクハイム共和国がマーキュレイ王国へと侵攻し始めた。 それは、運良く首都マーキュリアに居たクレヴァニール一行とマーキュレイ軍騎 士団長ベイカー達によってくい止められたのだが、それによりマーキュレイ側が ヴァルカニアに軍事庇護を求めたのが両国が袂を分かつきっかけになってしまっ た。 ヴァルカニア王国はマーキュレイとの軍事同盟により兵を送ったのだが、その指 揮をとるシモンズ将軍の策でマーキュレイ王城をヴァルカニアに乗っ取られてし まったのである。 それを知ったクレヴァニール一行は、力づくでそれを取り戻した。 しかし、それは暗に…、マーキュレイ王国からヴァルカニア王国への宣戦布告と なる。 それを承知でマーキュレイ王国の女王・アリシア姫は、クレヴァニール達に依頼 したのだったが、軍事力に乏しいマーキュレイでは一時の足掻きという未来は目 に見えたものであった。 だが、そこに加勢してきたのが、……ロイヤル・ガードのオーディネル卿である。 彼は、ヴァルカニアの中でももっともマーキュレイに隣接している地・オーディ ネルの当主でもあり、女王・アリシア姫とは、彼の双子の兄・クリストファーと ともに親交が深かったのだ。 もちろん、それだけの理由でオーディネル卿がヴァルカニアに反旗を翻し、マー キュレイと同盟を結んだのではないのだが…今のところ世間ではそう信じられて いるようである。 これにより、マーキュレイ王国は大きな軍事力を得たことになった。 更にこれまで協力してきた、クレヴァニールの一行の縁で、デュルクハイムから 亡命してきた、魔術師カルノスとその恋人である魔術研究者のケイトも得ること が出来たのだった。 これで、マーキュレイもなんとか両大国にほぼ対等に対立する態勢が整うことに なる。 しかし、それはあくまで表向きの事ではあるのだが…。 「……リー……ダー…。」 リングウェポンをはめた拳が色が変わるほどに震える。 「…オレは一体、何を……やって……?」 固く瞳を閉じると、闇の中に螢の灯火のようにあの男の瞳の光がゆらゆらと漂っ た。 その光によく似た男がつい最近までヴァルカニアに居た。 その男、ブリュンティールはデュルクハイム軍での先輩であったのだが、ヴァレ リーがヴァルカニアに連れ去られ際、彼を追ってここへやって来たのである。 だが、その男も現在はヴァルカニア軍から姿を消してしまった。 故により、軍においてヴァレリーへの風当たりはさらに悪くなる。 いや、そんな事はどうでも良かった。 「……オレ…は……………何が…したい……んだっっ!!」 向けどころのない、怒りに似た感情が殺気となって全身から迸る。 ミュンツァーの夢も追えず、かといって、軍を見捨てる事も出来ず…中途半端な まま、機械のように戦い続ける毎日。 誰1人として味方のいない日々は、確実に彼を精神的にも肉体的にも追いつめて いた。 「…オレはっっ!!」 どこへ向かおうとしているのだろうか? 互いの生死もわからずにサンセールで再会した折、敵対しているにも関わらずに 彼がヴァレリーに向けた感情は、「生きていた」事への心からの喜びであった。 クレヴァニールが、あの後どんな目にあってきたかは、彼がヴァレリーの現在を 知らないようにヴァレリーにも知る限りのことではなかった。 しかし、彼が一瞬向けたその瞳の色とその戦い方が、相当辛い日々を過ごしてい たに違いない事を物語っていた。 「…ク………レヴァ…ニール……。」 初めて、彼の名を呼んだ。 戦場をかけていれば、いずれまた、彼と出会う事もあるだろうか。 その時、もう一度、彼に逢えば……何か答えが見つかるかもしれない。 自分を魅了したあの姿を見れば…。 それまでは、……生き抜いて見せよう。 どんな事をしてでも! ヴァレリーは、床の残骸に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。 その日がそう遠くないことを心から祈りながら…。 -The End- |
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