+++ the Fates +++






闘いの間に訪れる僅かな休暇。
大陸の最南端に存在する小国マーキュレイ王国にある首都マーキュリア。
ひょんな事に難破した小型船から拾いあげた少年達を匿ってからというものの、
イライザの人生は坂道を転がり落ちる勢いで急転していった。
ここマーキュリアにあるこの館は別荘であり、本来は、こことは相対する最北端
にある極寒の国イクレシアス王国にあるファンデルシアという地がイライザ…イ
ライザ・メイフィールドの出身なのである。
ファンデルシアで父は領主をしており、しかし、今は、隣国ヂュルクハイムとの
長い戦いのせいで、イライザだけがこちらへ避難していたのだった。
しかし、避難…という悠長な事態に甘んじていられたのも彼らを匿うまでであった。
すぐに、幼い頃からの馴染みであるクリス…クリストファー・オーディネルによっ
て父の領地がデュルクハイムに占領され、両親の消息が掴めない事を知らされたの
だった。
クリストファー・オーディネルは、このマーキュレイの隣国でありまた友国である
ヴァルカニア王国のオーディネル領の現領主の双子の兄である。
弟のアルフォンス・オーディネルは、領主であるだけではなく、大陸最強の軍隊を
保持するヴァルカニアにおいても更にその頂点である国王直属部隊「ロイヤル・
ガード」の一人であった。
「ロイヤル・ガード」は一騎当千の武力はもとより、気品と人格、そして学術にも
優れた者だけが得られる資格であり、ヴァルカニア国内では現在オーディネル卿の
他には、ミュンツァー卿とシルヴァネール卿合わせた3名しか存在しない。
しかし、そんな優れた弟に対して兄はというと、実家にさえほとんど帰らずあちら
こちらの国、土地を転々と放浪し、そして女性をナンパしては遊びにふけっている
という。
イライザは、幼い頃からこのマーキュレイの別荘に遊びに来る事が多く、国こそ違
え、このマーキュリアとは地が隣接しているオーディネルとはお互い貴族という間
柄上もあってか何かと顔を合わす事も少なからずあったのだった。
それには、マーキュレイ王国の国主とオーディネル領主の親密な関係もあっての事
ではあったのだが…、かくして、クリスは度々、この別荘にもふらりと立ち寄る事
があった。
そんな彼が寄越した訃報。
イライザはいつも心あらずで言い寄る彼の事を適当にはあしらってきていた。
しかし、それは事女性に関するものであってその他に関しては、それなりに信頼を
置いている。
だから、余計に不安は募る。
もともと、じっと思い悩む性分ではないイライザは、助けた少年達が古代遺跡に
興味があるのを盾に戦争中の…ましてや敵国に落ちた地であるファンデルシアまで
の警護を頼んだ。
彼らとしても、イライザは命の恩人であり、そして、喉から手が出るほどに入りた
い遺跡をちらつかされては選択の余地もなくその条件を二つ返事で飲む。
もちろん、この事に常識派のアルフォンスは真っ向から反対したのであったが、
行きだけはクリスが潜入の手伝いをするという事で一段落がついた。
そして…彼らは再びこの地へ戻ってきたのである。
行きはクリスの先導でマーキュレイでもヴァルカニアに近い海に面した小さな村
サンセールから小舟でファンデルシアに近い陸地まで送ってもらい、帰りはイグレ
シアとヴァルカニアを結ぶ古代遺跡の通路を通って帰ってきたのであった。
もちろん、波乱がなかった訳ではない。
無事ファンデルシアに着いたものの、結局両親の消息は掴めなかった。
しかし、それは街の住人の話から、生きている事だけは確認がとれたのでまた、
会えることもあるだろうと無理に自分を納得させる。
更に街に滞在中、ファンデルシア近くの戦場のどこかが天使の攻撃を受けた。
丁度その頃、両親の消息を調べていたイライザとフレーネとは別行動をとってい
たクレヴァニール達は街でデュレクハイム軍時代の上官・ルーミスと再会する。
本来脱走兵であるクレヴァニールとレムスは顔を合わせべき相手ではないのだが、
彼は、実験の為に牢獄されたクレヴァニールを始めとするルイン・チャイルドを
救うためにレムスにその情報を流した人物であったのだった。
再会したルーミスは彼らの生存をとても喜び、そして、館…といってもそこは本来
イライザの両親の館であるのだが、そちらへ招いて食事を共にしたのである。
そしてそこでは新たな再会もあった。
傭兵時代の仲間で現在アルテン・シュヴァルト傭兵団の団長であるバウアーとの
再会。
ディクセンが団をバウアーに引き継がせ袂を分けて以来、彼らはクレヴァニール
達の身に起こった事などは知らず、尊敬するディクセン団長とその愛娘であるレ
ジーナの事を心配していたのであったが、レムスが彼らはバウアー達と別れてか
らあまり時間を置かずにして謎の男と天使の攻撃によってす亡くなってしまった
事、そして、その後、デュルクハイム軍に所属していた事などを説明していった。
また、バウアーからも自分達の事を語る。
アルテン・シュヴァルト傭兵団の名を受け継ぎ、別れ際のディクセンの言葉通り
デュルクハイム軍側に雇われることになったものの、ついた上官ルーミスの我が
儘かつ最も人道的な作戦のおかげで、デュルクハイム側と規約違反になってしま
い、今はバウアー傭兵団として活動している事。
もちろん、それは再度デュルクハイム軍…というよりルーミスに良い条件で雇わ
れる為に彼らに迷惑をかけたルーミス当人が偽造した履歴などがあっての事であ
るのだが、なんだかんだ良いながらもバウアーはルーミスと二人三脚をしている
のである。
クレヴァニール達も短い時間ではあったが、ルーミスという人間をとても信頼し
ていたので、彼がここを占領した人間であった事にイライザには悪いが少し安堵
する思いを抱いたのであった。
ルーミスだからこそ、イライザの両親は殺される事もなく、また、街の住人も占
領前とはほぼ変わらぬ生活をする事が出来るのだろう。
恐らく、ここを占領する際も…無血開城とまではいかなかったかもしれないが、
忙殺や虐殺という事態はなかったはずである。
だが、それをイライザに伝える訳にはいかない事であった。
現在は、イライザ自体の精神状態が良くないし、伝えたところで誰しもが不易に
なる事ばかりであるからだ。
そうやって、楽しく短い時間はあっと言う間に流れていく。
今夜、宿屋でイライザ達と合流する事を約束していたクラヴァニール達は早々に
屋敷から引き上げる事にした。
しかし、その時…。
ファンデルシアに近い戦場が天使によって攻撃される。
凄まじい爆音に飛び出した彼らだが、天使の姿を確認したとたんに、クレヴァニ
ールが昏倒。
そしてそのまま、翌日の日暮れまで目覚める事がなかった。
約束よりも随分遅れて合流した彼らであったが、イライザは憤慨するものの、や
はりあの天使の攻撃の際に同じルイン・チャイルドであるフレーネも昏倒し、し
ばらくは目覚めなかったという。
レムスは思いだしていた。
そういえば、希望の遺跡の最奥部でもこの二人は他のルイン・チャイルドではあ
りえなかった現象に見舞われている。
背中からの大量の出血。
それは本来なら死に至るほどの出血量であったにもかかわらず、彼らは数日眠り
につくだけで命には別状はなかった。
レムスはクレヴァニールの時しか見ていないのだが、それはまるで「血の翼」の
ようだったという。
団長が言っていた言葉、そして、天使が与える彼らへの影響。
そして、フレーネの覚醒時、天使の攻撃により十分な処置を施せなかった為、
記憶喪失となってしまった時も、彼女はクレヴァニールだけは覚えていたようで
あった。
彼の名前や過去はやはり記憶からは失われていたのだが、漠然と、彼から離れて
はいけないと…彼だけしか頼れる者はいないと感じていたようである。
ひょっとすると、この二人のルイン・チャイルドは何かの共通項で結ばれている
のかもしれない。
だが、まだ、それを解明するにはあまりにも謎が多すぎる。
恐らく、団長が言っていたように遺跡を巡ればそれは明らかになってくるのであ
ろう。
それから、彼らはイグレジアス王国を脱出する為にヴァウカニアと繋がっている
と言われている遺跡を目指した。
しかし、その遺跡は本当に通路だけのようであって特に新たな発見には至らない。
少々、残念に思いながらもとりあえず無事脱出出来そうなのでホッとしたのも束
の間、出口付近と見られる扉が固く閉ざされており、その先へ進むことができな
い。
一行は力づくでその扉をこじ開けたのだが、しかし、その先を塒にしていた妙な
生き物がパニックを起こし、遺跡の防御システムを作動させてしまう。
おまけにそいつは、その機械を乱暴に叩いて作動させてしまったものだから暴走
してしまい、行くも戻るも扉が固く閉ざされて出来ず、そこを脱出するにはその
防御システム自体を破壊するしかなかった。
それでも、なんとかシステムを破壊する事に成功した一行なのだが、その機械の
爆破の振動により遺跡そのものが壊れてしまったのだった。
もう、二度とこの古代遺跡通路を使う事はできなくなってしまった。
それに多少の罪を感じながらも、やってしまったものはもうどうしようもないの
で、大きく溜息をつくことでとりあえず忘れることにした。
そして、長旅の疲れも癒えぬまま、イライザの別荘に戻ってくると…そこに待っ
ていたのは、マーキュレイへのデュルクハイム軍の侵攻であった。
偶然、港近くに居た一行が遅れて現れたマーキュレイ軍とともに撃退したのであ
ったが、それが更なる悲劇を生むことになる。
マーキュレイは大陸の中でも最も小国で最南端にあるがゆえの温暖な気候で作物
や貿易などで国は富むのだが、その軍事力は最も弱い。
それ故に「治安保護支度金」という名目で、隣国であり大陸最大の軍事力を持つ
ヴァルカニアに保護してもらっているのであった。
この自体に、マーキュレイ側は当然の如くヴァルカニアに警備の兵を寄越すよう
通達するのであるが、それは…事実上、ヴァルカニアのマーキュレイ首都・マー
キュリアの占領という形で実現したのである。
王城を追われた国主・アリシア姫はなんとしても城を取り返す為に、デュルクハ
イム軍を撤退させたクレヴァニール一行に助力を求めた。
クレヴァニール達も成り行きとはいえ、デュルクハイム軍を撤退させた御礼とし
てマーキュリア内に私有地を献上された身である。
否、それよりもヴァルカニアのやり方が気に入らなかった。
そして、また、彼らはマーキュレイに力を貸す事になる。
それがとんでもない事態を引き起こすことになるとはその時点では知らずに…。
「……バカじゃない?」
夜もすっかり更けた頃、自室の窓辺で首都の灯を見ながらイライザは呟いた。
王城からヴァルカニア軍を武力で追い出してしまった為に、マーキュリア王国は
ヴァルカニア王国に対して事実上、宣戦布告をしてしまったのだった。
そして…。
ヴァルカニア王国に属するオーディネル領・領主アルフォンス・オーディネルが
マーキュレイを守る為に自国に対して反旗を翻した…のである。
「ふん、可笑しい話じゃない。」
マーキュレイの為なんかじゃない…と、イライザは苦笑する。
たった一人の女性の為…に彼は……否、彼らは兄弟で血の道を選んだのだ。
幸いにも、領民はどちら側につくかを考える1週間の猶予を与えることを約束さ
れた。
その他にも、商売などでヴァルカニアの他の地へ行っている領民、また、他の地
からオーディネル領に行っている民が己や家族が選択した地へと移動する為の期
間でもある。
それはオーディネル討伐を命じられたミュンツァー卿とオーディネル卿…ロイヤ
ル・ガードのよしみであるが故実現されたようなものだった。
「…本当に愚かだわ。」
アルフがいくらロイヤル・ガードとはいえ、ヴァルカニア軍に敵う訳がない。
それに、マーキュレイ軍、そして、ひょんな事から知り合ってしまった、シル
ヴァネール卿の叔父、そして、彼女の剣の師でもある現在記憶喪失中のヒエン、
そして我々を加えても太刀打ちできるかどうかも怪しい。
「……。」
そうなれば、あのクリフも剣を持ち戦う事になるのだろうか…。
ずっと遊び呆けてばかりの彼だが、実は剣の腕はかなりのものである。
それはイライザもこの間の同行で認めていた。
しかし…。
「………あんな顔色して。」
マーキュリアからオーディネル…そして、リーゼルに移動した際、明らかに彼の
様子がおかしかった。
どう…と言われるとただ顔色が悪いのといつもの陽気さがないとしか言いようが
ないのだが、…何故か、酷く、儚い感じがしたのだった。
何度も彼女は「具合が悪いんじゃない?」と問うたのだが、彼は笑って相手にせ
ず、さっさと別行動をとってしまった。
彼が自分の都合が悪くなったらすぐに煙に巻くのは知っていたので彼女もそれ以
上は追求をしなかったのだが…。
「…それでもアルフの味方なのよね。」
違う…。
確かに、彼のアルフ贔屓は今に始まった事ではないが…。
イライザは鈍く輝く天上の月を眺めやる。
「…しっかり守んなさい、ナイトさん達。」
クィーンはただ、眺めているだけ。
他のナイトに落とされないよう、しっかり守らないと…そして生き残らなければ、
意味がない。
「ふふ、それは私も同じかもね。」
もう、良家のお嬢様ではない。
生きるために今はクレヴァニール達と共に戦う一人なのだ。
自分も…そう……生き残らねば、意味がない。
守るものはたくさんある。
両親、そして最後までこんな物知らずの自分に付き添ってくれる執事のレヴァン。
そして…何より。
「言い過ぎたよね、私…。
 うん、今からでもちゃんと謝ろう。」
ヴァルカニア軍との王城での攻防戦で、勝利したもののマーキュレイに間者として
入り込んでいた者から暗殺されかけたクレヴァニールを守って死んだ使い魔。
誰しもが予想していなかった結末と現実。
クレヴァニールは傭兵であったが故に幼い頃からたくさんの死に接してきているは
ずである。
常に行動を共にしていたレムスも苦しい表情でこう呟いていた。
「クレヴァニールさん、団長やレジーナさんが亡くなった時でさえ、あれ程の悲
 しみに暮れていませんでしたよ。
 いえ、あの時は僕の方が取り乱していたから……落ち込めなかったのかもしれ
 ませんが…。」
そして、涙をいっぱいに溜めた瞳でこう続けた。
「……ちょっとレミィが羨ましいな。」
そう掠れた声を漏らすと、フレーネを呼んで自室へ消えていったのだった。
それ程までに沈んでいる彼に、
「なんで!? あんたがもっとしっかりしていればこんな事にはっ!!」
レミィが消えた瞬間にそう怒鳴ってしまった…自分にイライザは苦いものがこみ
あげてくる感じがする。
そんな事、自分が言えた義理ではない。
自分は守るどころか、まだまだ皆に守られてばかりなのだから…。
別荘に帰って以来、結晶体に姿を変えてしまったそれをクレヴァニールは嗚咽と
ともに今でも抱き締めて眠りについている。
食事に起きてくる気配もなく、誰とも会わずにただ眠りについていた。
「……。」
聞いて貰えなくてもいい。
でも、言わないと本当に自分が嫌になってしまう。
そして、もしそれが少しでも彼の耳に届くことがあれば…償いにはならないだろ
うがあんなに痛々しい姿を見続けるのは、あまりにも辛すぎる。
それは、自分だけではなく、この屋敷にいる全員がそう思っているはずだ。
イライザは今は月明かりだけで照らされた階段を下へと下りていく。
そして、意を決して彼の部屋のドアを叩いた。
それが明日へと繋がる希望の音になるように…。



彼女は知らない。
ナイト達はただ一人のクィーンを見ているだけではなかった。
道化師の仮面を被ったナイトの素顔を彼女は知る事はなく、また、その日が来る
のかは、全て、運命の紡ぎ手によるものだから……。
紡ぎ手はまだ深い眠りの中。
彼を起こすのは一体、ダレ?






-The End-











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