| +++ I wish...+++ |
| 記憶がある、その時から空を見上げていた。 白い翼を広げて、飛ぶ…。 でも、背にあるものは風に乗れない。 未完成な翼…。 有翼でありながら、空にあらず。 そして、地にありながら、人にあらず。 じゃあ……。 飛べない鳥はどこへ行けばいいんだろう。 壊れゆく世界の中で比較的に被害が少ない地、キシロニア連邦・ヴォルトーン。 スレイン達は連邦議長であるバーンズの加護の元、なんとか世界の終末を止めよ うと各地を周り、その原因を調査していた。 あちらこちらで侵略戦争も勃発しており、連邦も例外ではなかったのだがバーン ズ議長やその娘・アネットの助力により、彼らはここをベースとして活動してい る。 一度、連邦を出ると外では様々な戦いに巻き込まれる事になり、また、魂の通り 道となる各地に点在する「冥界の門」の修復を、ダークロード(闇の精霊使いの長) であるスレインが施すなどもあり、そうそうこの街へ戻る事がなかった。 しかし、今日は久しぶりの休暇。 スレインの…失われた記憶と力も取り戻し、この世界の滅びの源が見えてきた。 本来なら、そんな時間も惜しいはずなのだがこれ以上、疲れたままの進軍は好ま しくない。 なんといっても、この世界を救う鍵であるスレイン当人が最も疲れているはずな のだ。 一気に戻ってきた記憶・力…そして何より。 宿り木として借りた暗殺者グレイの肉体に宿ったスレインの魂は徐々にグレイ当 人を抑えつける力を失い始めていたのだった。 スレインに寄り添っている闇の精霊・ラミィによると、グレイの覚醒が以前より 頻回に起こるようになったという。 「……。」 曖昧に輝く太陽の日差しに溜息をつきながら、モニカ・アレンはアパートを後に した。 いつの間にか見慣れた石造りの町並みの中を宛もなく広場の方へと歩いていく。 暫くすると、円形に開けた空間が彼女の視界に広がってきた。 「あ…。」 すると、そこには、銀色の髪の青年が漆黒の青年と何やら談笑している。 時折、そよぐ風のせいではない小刻みに震えるさらりとした前髪は彼女が彼と知 り合ってからというものの、あまり見たことのない光景だった。 「…あんな顔も出来るのね。」 彼…スレインは出会った頃からどこかずっと神経を張り詰めたような厳しい表情 をしていた。 それを言ったら、ヒューイ辺りに、 「あんたもや。」 と、言い換えされそうではあるが、モニカのスレインの印象はずっとそうであっ た。 感情豊かな癖で人情脆くて優しくて…それなのにそれを表現する事が不器用な人… だという事は、ずっと行動を共にするようになって徐々に判った事である。 そんな彼が今、目の前で柔らかに微笑んでいる。 その瞳が向けられた先には、最近、ビクトルが作成した「時空召還装置」から召 還された別世界の人たちのうちの一人、カーマイン・フォルスマイヤーがいた。 金銀妖瞳の瞳がどこか神秘的な雰囲気を漂わせ、召還された中では最もモニカに とっては近寄りがたい存在である。 苦手とか嫌いとか…そういうのでは決してなくて、一度正面からまともに見据え たら囚らわれてしまいそうになる…そんな気がしていたのだった。 別世界から召還された彼らの話によると、どうやら彼らは、この世界の滅びに際 して異次元に生きる道を求めて旅立った、フェザリアン(有翼人種)と人間達が 辿り着いた世界の未来人だという。 それを聞いたスレインは、その時、酷く安堵した表情をしていたのをモニカは思 いだした。 時空制御塔でこの世界を脱出した人たちは無事未来を繋げる事に成功したのだ。 その証拠が彼らという存在なのだから。 その零れ話として彼らに聞いた事だが、この世界を二分した時空制御塔が彼らの 世界では観光地になっているという事に、ヒューイとビクトルが大笑いしていた。 ヒューイはともかく、ビクトルはクリエイターの一人であるのに…だ。 まぁ、ビクトルが言うには、 「誰にも知られず朽ち果ててしまうよりは、観光名所でも人に使われているなら ば、あの苦労も報われるというものじゃ。」 と、少し遠い目で笑った。 そんな事を思い出しながら、モニカはそんな二人を遠くから眺めやっている。 その時、モニカの丁度反対側…バーンズ邸のある方角から、アネットの声が響き 渡ってきた。 「スレイン! ちょっと館まで来てくれる?」 その声にスレインはふぃと微笑みを隠し、手を振って応えた。 そして、隣のカーマインに何か囁くと、カーマインは困ったように笑って彼の肩 を軽く二度叩く。 すると、スレインはすぃと踵を返して足早に館の方へと去っていったのだった。 アネットに呼ばれたという事は何か今後の方針に影響するような事態が起こった のか… この先、こんな日がやってくるのかどうか保証がないのにもう少しゆっくりと時 間を過ごさせて欲しいとモニカはほぅと息をついた。 それから、改めて広場を見やると、そこにはカーマインが一人、ぼんやりと空を 眺めている。 「……。」 そして、気が付けば、モニカは引き寄せられるように、彼の目の前に立っていた。 「…あの。」 「…?」 漆黒のヴェールの隙間から、金色の瞳が小さな少女を見下ろす。 しかし、それも一瞬で、ふぃと柔らかく細められたそれが少女と同じところまで 降りてきて、 「やぁ。」 と、軽めの挨拶で応えてきたのだった。 その声があまりにも心地よくて思わず聴き惚れてしまいそうになったが、彼女は 小さな拳を握りしめる事でなんとか気力を絞り出して話し始めた。 「貴方に聞きたいことがあるの。」 周りを気にして、彼女の声は酷く抑えられたものであったけれど、 「ん?」 彼は、軽く首を傾げて先を勧めてくれる。 「スレインはやっぱり死ぬの?」 「……その表現はどうだろう、彼は…正確に言えばもう死んでいるからね。」 当然といえば、当然の切り返しであった。 遠回しに言うのはやはり自分らしくない。 モニカはしっかりと彼を見据えると、小さな愛らしい口をしっかりと開いてこう 切り出した。 「貴方達の知る技術でどうにか出来る方法はある?」 カーマイン達は世界は違うとはいえ、モニカよりも遙か未来1000年後の時代 からやってきたのだ。 1000もの時間が過ぎれば、科学も更に進化しているはずである。 僅かな期待…、しかし、そんなものにでも縋ってみたい。 冷静で合理的なフェザリアンの性質を継いでいるモニカには珍しい現象ではある が、彼の事に関してはそれももう半分の血に支配される事になっていた。 「僕は、技術者じゃないからなんとも言えないけれど…。」 彼はそっと瞳を閉じて言い淀む。 しばらく、二人の間に沈黙が横たわるが、思い切ったように彼は重い口を開いた。 「ない…事もない。」 ふぅと彼は息をつくと、静かに語り始めた。 「実際、僕の身体は人の身体じゃないんだ。 魔導生命体といってね…人工的に作られた身体なんだよ。」 オリジナルの人間の細胞をモデルにゲヴェルが作った魔導生命体…ホムンクルス。 クリエイターの支配…命の供給源がなければ生きては行けない身体だったが、皆の 努力と協力により、今はその支配者であったゲヴェルが倒れても生きていけるよう になっている。 「でも、その製造方法までは僕には解らないんだ。 アリオストでも居ればね…。」 「アリオス……ト?」 初めて聞く名前にモニカは軽く首を傾げる。 「…天才魔導研究家なんだ。 彼なら魔導生命体の製造や、魂の移管なども問題なく出来るんだけど…。」 少し考え込むように瞳を伏せた。 その姿があまりにも妖艶でまた囚われそうになる。 普段、スレインで美麗な容姿には抵抗があるはずなのだが…。 桜色に染まっているであろう頬を隠す為に、再びうつむいたモニカであったが、 カーマインの言葉にその面が跳ね上げる。 「こっちの世界には、フェザリアンの技術者などにそういった技術はないの?」 すぅ…と、熱がひいていく。 「………知らない…。」 先ほどとは一転して影の差した彼女の面に、しかし、カーマインは言葉で追いつ めるのではなく、ただ、無言で彼女を待っていた。 彼は少なからず気付いていたのだ。 彼女が…自身の立場について悩んでいることを…。 それは、モニカの外見を見ればすぐに解る事であった。 人間離れした美麗な容姿、そして、その背には…短い…未発達の翼。 風に乗れるほどの強さがないそれは、彼女の身体を空へは持っていってはくれな かった。 アクセサリーのように…ただ生えているだけの翼。 それ故に彼女はフェザリアンではなく、それ故に、人間でもない。 どちらにも属さない、流浪の民。 それは、魔導生命体である彼にも言えることであったが…。 「ん、フェザリアンはそういった科学技術に長けているからね。 こちらにもひょっとしたら、もうその技術に精通している学者がいるんじゃな いかと思って…。」 しかし、カーマインは言葉だけでの慰めをかけるのではなく、そのまま何も気付 かないかのように会話を続けた。 「そういえば、アイツもフェザリアンとのハーフだったな。」 ふと、思いだしたかのようにポツリと彼は呟く。 その言葉の一部がモニカの心の闇をつま弾いた。 「……アイツ?」 「アリオスト。 アイツも君と同じでフェザリアンと人間のハーフだよ。」 「貴方の世界にもそんな人がいるの…?」 確か、彼らの世界はフェザリアンと人間の仲が最悪だとウェイン達から聞いたこ とがある。 どうやら、この世界から時空移動して間もなくして彼らの間に何かあったらしい のだが、それに関しては詳しくは彼らも語らなかった。 それは、彼らは全員人間であって恐らくその原因については偏った見解しか語れ ないからだろうとモニカは考察している。 彼らにとっては遙か過去の出来事…既に歴史書でしか語られない不確定な事柄を 別世界の出来事とはいえ、それよりも遙か過去に存在する自分達に語るものでは ないと…そういう事なのかもしれない。 しかし、この世界でもその性質の違いからフェザリアンと人間の間はあまり上手 く行っていない、その中でも珍しい存在であるハーフが、それほどまでに仲の悪 い世界でも存在する事に少なからずモニカに驚きと興味をもたらせた。 「………彼は…どうなのかしら…。」 突いて出る言葉は、内なる不安。 「さて、それは本人にしか解らないことだけど…。」 カーマインもそれを知っていながら、それは自分が答えるべき事ではないと暗に 突き放す。 「まぁ、僕が見ている限り、彼は酷く前向きだったと思うよ。」 「…? 彼は空を飛べたのかしら?」 「……飛べるようにはなったさ。」 「どういうこと?」 「アイツには、君のように翼はなかった…。」 彼の伏せられていた瞳が懐かしい光を溢れさせながら僅かに開かれる。 「そう、見目は人間とまったく変わらなかった。」 人間にはない、美しさと頭脳…冷静で合理的な性格。 そういうところで僅かにフェザリアンでもあると分かるくらいだが、それはやは り彼の母がフェザリアンであると知った上で更に深く付き合わなければ見えてこ ないところである。 「彼の場合、母親がフェザリアンであった訳だけれど、彼を産んですぐに天へ帰っ てしまったから…彼は母親を…噂だけでしか知らなかったようだ。 僕たちの世界では…君も聞いているかもしれないが、フェザリアンと人間の関 係は芳しくなくってね。 だから、彼は父親から聞く母親像と村人から聞く母親像との間で色々悩んだの かもしれないね。」 「…そう。」 「だから、彼は空を飛ぶことをずっと夢みていたんだろう。 空を飛んで、天にあるフェザリアンの空中都市に向かうこと…。 アイツは自分の利点を活かして、魔導研究者になり空を飛ぶ魔導具を密かに開 発していたんだ。」 「それが完成したのね。」 「あぁ。定員2名という小さな乗り物だけどね。」 と、可笑しそうにクスリと彼が笑う。 それがなんだかとても幸せそうな笑みだったので、モニカもついつられて微笑み を浮かべた。 「…物は考えよう…と言うことなのね。」 飛べなければ、「飛べない」と嘆くより飛べる方法を模索する。 そう、今、自分達が…生き延びる方法を探しているように…。 「…そういば、ビクトルなんかどうだろう。」 彼は魔導学者だったよね…と、カーマインは突然に話を切り返してくる。 「え? えぇ…。」 そういえば、彼に相談したのは…違う事であったと、モニカは自分の失態に少し 顔を赤らめる。 それがいつも大人びた雰囲気を漂わしている彼女を12歳という年齢に戻した 瞬間だった。 それに誰を重ねたのか…、カーマインは彼女が知る中で一番綺麗な笑みを浮かべ ていた。 「とりあえず、リビエラに魔導生命体の件について聞いておくよ。 実用的な事が分かれば、ビクトルを交えて相談してみてもいいし…。」 さて…とカーマインは軽く背伸びをすると、ゆっくりと彼らが住むアパートの方 へと歩き出す。 モニカは、去っていく彼の姿にこれで話は終わったのだと思い、彼女もまた、シャ ルローネの館の方へと歩き出した。 その時…。 「全てが終わった後、彼が…スレインがどうするのかは…それは彼自身にしか分 からない。」 光の中で少し小さくなった彼の背中がまるで今思い出したかのようにポツリと語 り始める。 スレインの肉体は既にこの世にはなく、彼自身は死者である。 本来ならば、冥界の門をくぐっていなければならない存在。 ましてや、それを管理する闇の精霊使いの長であった彼であるのだから、十中八 九、目的を果たしてしまえば進んで冥界の門をくぐるだろう…。 しかし、強い想いは何かを変える事ができるのだ。 それを一番知っているのは…きっと……。 「君たちの祈りが彼に届くことを心から祈っているよ。」 そう言ってカーマインは軽く手を振ると、今度は颯爽とその姿を光の中へ溶け込 ませていったのだった。 その言葉にモニカの足が止まる。 弾かれるように振り向いたが、彼の姿は既になく、ただ風が穏やかに流れている だけであった。 それでも、それは幻や夢などではなく言葉の一つ一つが彼女の心の中で新たな希 望や可能性として小さな芽を吹いている。 だから、モニカはそれを潰さぬよう、枯らさぬように、その小さな両の手で優し く包み込んだ。 「…ありがとう。」 それはもう姿なき人に向けたものだったけれど、きっと風が彼に届けてくれるだ ろう。 そして、モニカは動き出した。 言えなかった感謝の言葉を、現実にする為に…。 飛べない鳥はその小さな翼を広げて、大地を翔け走っていったのだった。 -The End- |
| 戻る |