+++ escape +++






立場が一転するとはまさにこの事だ…。
いや、一転どころではないのかもしれない。
親がわりであったディクセン親子と死別し、そして成り行きとはいえ、デュルク
ハイム軍に拾われ、軍人となった。
もともと、ディクセンの傭兵団に居た故、記憶のある時期から戦いの中で生きて
きたので突然軍人となっても…放浪の身が定住を得たというだけで大して戸惑い
はなかったのだが…。
今は……、これも成り行きなのだろうか?
成り行き? いや、そうなのだろうか?
2000年前、高度文明の滅亡の忘れ子であるルイン・チャイルド。
軍はその子らを集めてその力とデータを得る変わりに、丁重に軍人として生きる
術や生活の場を提供した。
しかし、今はどうだろう?
ルイン・チャイルドを集めた軍施設が突然、敵対国であるヴァルカニア王国のロ
イヤル・ガード〜ミュンツァー卿の部隊に襲撃され、一人のルイン・チャイルド
が連れ去られた。
彼らの目的は二つ…。
一つは、ルイン・チャイルドを連れ去ること。
そして、これまでディレクハイムが研究してきた魔術データを盗むこと。
しかし、これは、施設の責任者である上官が闘いの中で倒れ、急遽指揮に当たっ
た、ルーミス大尉とブラック4に所属していた、クレヴァニールとレムスの両名
により防がれた。
だが、前者…大陸で唯一ルイン・チャイルドを所有していたこの国から、それを
連れ去る事に成功してしまったのだった。
それは、大陸に散らばる前高度文明の遺跡を敵対国であるヴァルカニアが調査す
る事が出来るということに他ならない。
そう、ルイン・チャイルドは遺跡を開ける『鍵』だから…。
遺跡には、現在では生成不可能な兵器、貴重なデータ…、そして、場合によれば
新たなルイン・チャイルドが眠っているのである。
ルイン・チャイルドは、強大で脅威な力を手に入れる為の『鍵』…。
だから…、軍は暴挙に走った。
彼らから…、新しい力を引き出そうと、人体実験を始めたのだった。
もちろん、当の彼らには何も告げられず、偽りの任務を言い渡され、そして向かっ
た先で薬などを嗅がされ眠らされ…この収容所にモルモットとして集められた。
強固な牢の中に押し込められ、そして、来る日も来る日も拷問のような実験を受
けるのである。
クレヴァニールは、がらんとした牢を空虚な瞳で見渡した。
日が経つ事に一人…また一人とこの牢には戻って来なくなった。
そして、とうとう…今し方、最後の一人がゆっくりその時間を止めた。
隣の牢には女性のルイン・チャイルドが収監されているのだが、毎夜、叩かれて
いた壁の音もここ数日、まったく聞こえてこなくなっていた。
クレヴァニールは重い身体をひきずって、隔てられている壁を精一杯の力で叩く。
誰でもいい…、応えてくれ…。
「……もう無理なんだよ。」
掠れた弱々しい女性の声。
「エレナはね、もう二度とこの壁を叩けないのさ…。」
壁を叩くのは、エレナとラルフ…二人の恋人の生き甲斐だった。
しかし、収容されてしばらくして、あんなに夢を語っていたラルフが…突然帰っ
てこなくなった。
帰って来ない…それは、ここでは『死』を意味する。
しかし、それをエレナは知らない。
だから、毎夜叩かれる壁の音に皆、耳を塞ぎたい思いでいた。
そしてある日、意を決してクレヴァニールがそれに応える。
エレナはホッとしたように音で会話を続けてきた。
彼は…結局ラルフの死を伝えられず、曖昧にその思いに応え続けたのだった。
だが、そんな偽りはいつまでも続けられる訳ではなく、ある日ペタンが真実を告
げてしまう。
ラルフの死を皮切りに、次々と仲間が戻らなくなってきていた。
そんな日が続けば、誰もが絶望に苛まれる。
エレナにはラルフが生き甲斐であった故、皆で相談して事実を伏せる事にしてい
たのだが…、しかしそんな暴挙に走ったペタンを誰が責めようか?
クレヴァニールは力無く拳を壁に叩きつけると、そのままずるりと崩れ落ちる。
どこで何が狂ったというのだろうか?
ルイン・チャイルドは、こんな結末を迎えるために、2000年もの間、眠りについ
ていたのか?
人としての尊厳もなく、ただ…国益の為のモルモットになる為に。
いや、モルモットでもなく…ただの兵器なのか?
恐らく、この収容所に集められたルイン・チャイルドは生きてここを出ることは
ないだろう。
軍に居たルイン・チャイルドは全てここへ集められたと聞く。
「……ヴァレリー。」
彼はただ一人の名をぼつりと零した。
傭兵時代の仲間で同じブラック4に配属されたレムスの他に、長らく二人だけで
あったこの隊に最後に配属されてきたルイン・チャイルドの青年。
あの襲撃の際、警備の当直であった彼は、クレヴァニール達とは別行動をとって
いた。
そして……ヴァルカニア軍によって連れ去られた張本人である。
彼が捕虜となっても丁重に扱われていれば…それでいい。
こんなところで無意味に死んでいくよりは…連れ去られた事は彼にとっては良い
ことだったのかもしれない。
「……。」
いや、もう一人いる。
あの襲撃の際、同期の人間とやはり別行動をとっていたルイン・チャイルドの男
がいた。
「ブリュンティール……。」
彼らの先輩で、己に厳しくしかし周りにはとても優しいので皆に慕われていた人物。
しかし、何故かクレヴァニールには辛く当たる事が多かった。
その男があれ以来、行方不明になっている。
彼も、ヴァレリーのように連れ去られたのだろうか?
しかし、配属されたばかりのヴァレリーは兎も角、経験豊富なブリュンティール
にそんな事があるのだろうか…。
ひょっとしたら……。
「……今更…どうでも良いことだな。」
もうこの部屋には自分以外、誰もいない。
今まではなんとか耐えてきたが、そう遠くない未来に自分も彼らのあとを追うだろう。
ディクセンとの…父親変わりであった団長、そして、命をかけて守ってくれたそ
の愛娘であるレジーナとの約束が果たせぬままではあるが…。
クレヴァニールは、ゆっくりと瞳を閉じる。
もし、本当に自分が、彼らが言っていたように、『人類を救う鍵』…、現在、2000
年前と同じように人類を滅ぼそうとしている天使を『止める鍵』であるならば、
運命はまだ紡がれるはず。
その時、…聞き慣れた、しかしここ随分と聞いていない少年の声が死の淵へ堕ち
て行こうとする彼をしっかりと繋ぎ止めた。
「クレヴァニールっっ!!」
少年はどこからか手に入れた鍵で牢を開ける。
「あぁ、間に合って良かったっ! 早く、ここから逃げますよ!」
動けますね?と、心配気に彼を抱き起こす。
どうやら、まだ逝かせてはくれないらしい…。
団長達が貴族風の男に殺され、その直後、天使の襲撃にあった時もまだ遺跡で眠
りに着いていたはずのフレーネが夢の中で「生きろ」といった。
そしてそのフレーネも、今はこの収容所のどこかに居る。
「大丈夫だ…。」
どこにこれ程の力が残っていたのだろうか。
クレヴァニールはレムスの手を離れてしっかりと立ち上がる。
そんな姿に思わず苦笑するレムスであったが、
「来る途中に貴方の荷を回収してきました。」
そういって、服と装備品を手渡した。
クレヴァニールは手際よくそれを身につける。
「脱出しますが、どうしますか?」
「……全員、救ける。」
どれだけ生き残っているかは分らないが、少なくとも、隣には一人いる。
生きているならば、共に出たい…。
こんなところで終わるには、自分達はあまりにも悲しすぎる。
レムスも鮮やかな微笑みで深くそれに同意した。
せめて、同じ逝くならば、思うがまま足掻いて逝きたい。
「そういえば、回収した貴方の持ち物の中にドールハウスが無かったんですよ。
 レミィは一体どこに?」
レムスはいつも彼の周りを飛んでいる使い魔がいない事にその居場所を尋ねる。
「……実験室だ。」
「じゃぁ、脱出する時にドールハウスごと助けましょう。」
しかし、たった二人でルイン・チャイルドを解放しながらどれだけやれるだろうか?
だが、ここを出ない事には未来はないのだ。
装備したリング・ウィポンが淡く光、一振りの細身の剣へと変化する。
レムスの手にも、弓がしっかりと握られていた。
この戦いでどれだけのルイン・チャイルドが生き残れるか分らない。
更に、脱出したからといっても、脱走兵扱いになる自分達には恐らく追手や懸賞
がつけられ、この先ずっと追われる身になるだろう。
それでも…。
「あ、あなたは…! 及ばずながらですが、私も手伝います!」
実験室から転がり出てきたのは数人のルイン・チャイルド。
その中に…、フレーネが居た。
彼女の力強い声に、周りに居たルイン・チャイルドも我も我もと魔法を唱え始める。
長く過酷な実験により、精力・気力とも限界のはずの彼らだが、彼らは決してモ
ノではない。
生きる道は自分達の手で掴み取るのだ。
この四角い光の先には何があっただろう?
ひょっとしたら、『死』に繋がっているかもしれない。
それでもいい。
それは、自分の意志で選んだのだから。
そして彼らは戦い続けた。
力の続く限り呪文を唱え、武器を振るい……光の下へと進んでいった。
しかし、それは過酷な運命の始まりでしかなかった。
収容所の外から同じ進路で脱出した者で生存したのは、クレヴァニール、レムス、
フレーネ、そして、カムレスの4人であった。
別進路をとった者は更にその後、デュルクハイム軍将校であるルードヴィッヒが
放った刺客や賞金稼ぎ達により抹殺されてしまっていたのである。
彼らがその事実を知るのは…まだ、しかし、そんなに遠くない先の話であった。



-The End-











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