| +++ Angelic Child +++ |
| 記憶とは時には残酷なもので… 仕草、微笑み、そして、視線 声は変わってしまったが、いつまでも覚えている それは、細胞という大きなものではなく、遺伝子が語る偽れない真実 |
「お前は小さい頃の記憶はあるか?」 つい、聞いてみたくなった。 ずっと禁じていた、それを……。 出会わないのが一番であったのだが、それはあの時から許されていなかった事な のかもしれない。 そう、2000年という遙か彼方の時代から…。 「…はい。」 少し驚いた色をよく見知った瞳に湛えながら、青年は短く応える。 そして、少し戸惑ったように首を傾げて考え込むと、ぽつりぽつりと語り始めた。 「……。」 それを黙って聞きながら、内心大きく安堵する自分がいる。 何故なら、彼が紡ぎ出す記憶の数々は、自分の求めていたものではなかったのだった。 どうやら、彼は覚醒以後の記憶しか残っていないようであり、そして…。 彼に眠るもう一つの魂、それがまだ覚醒めていないその事実は何よりも今までの 自分の苦労を報いている証なのである。 やがて、一通り語り終えた青年は、困ったように瞳を揺るがした。 「その男がお前の親代わりだったのか。」 初めて知る青年の過去に何故か自然に自嘲の笑みが零れる。 その男に感謝していいのか、悪いのか…。 しかし、少なくとも目の前の男は独りでも生きる術を十二分に得ることができた。 それは自分にとっては大変有り難いことである。 自分達の宿命は、それを以てしても過酷なのは変わりないのだから。 だから、ないのであれば、気付かせてはいけない。 記憶よりもっと深くて厄介な場所にあるものを…そっと眠らせておかなければい けない。 ……。 いけないのだが…。 「確かに3、4歳の記憶ではその辺りが限度か……。」 ぽつりと本音が漏れる。 本当は気付いて欲しい。 あの時と同じ瞳と仕草で、呼んで欲しい。 何を置いても、大切な存在だから、自分の腕の中でその存在を知らせたい。 それは当然の権利であるというのに…。 「……別に気にすることはない。 ただの気まぐれだ。」 そう、冷たく突き放す事しか今の自分には許されないのだった。 全てを切り放してしまえれば、どれだけ楽だろうか……。 もともと自己犠牲なんて持ち合わせてはいない。 世界のためにとか…人類のために…とかそんな事なんて知ったことではなかった。 それでも、切り放せない真実と想いは何度も見えない手となって彼を抱き締めよ うとする。 すぃと一礼をして去る彼の小さな背中を物陰から密かに見やった。 「覚醒めるな…、クレヴァニール……。」 彼らが見る夢は、謎を産み、それを追い求めればいずれ真実に辿り着く。 自分達が生かされた意味を知ることになる。 「何故…ここへ来たんだっっ、お前は…。」 出会わなければ、お互いのもう一つの魂が共鳴しあうこともなかったのに…。 それはたった一つの魂が、故意に等分されたもの。 しかし、不当に分けられたものは必ず一つに戻ろうとする。 ……呼び合う………お互い……を……。 恐らく彼女が目覚める日もそう遠くはないだろう。 幸い、クレヴァニールは幼かった故にその記憶は曖昧だった。 だが、彼女は違う。 彼女は我々の中でもっとも年上だったのだから。 「呼ぶな、フレーネ…。」 あいつを………俺たちを呼ぶな。 しかし、そんな祈りも淡く砕け散ることとなる。 クレヴァニールが受けたリヒトマン博士の護衛任務中、一人のルイン・チャイル ドを連れ帰ってきたのだった。 それは極秘扱いされていたようであったが、たまたま施設内を見回り巡回してい た為、一瞬だが目撃することになった。 研究員に取り囲まれて歩いている彼女は覚醒すぐのせいか酷く怯えていて、連れ 帰ったヴァレリーの後ろで消え入りそうなほど小さくなっていた。 やがて辿り着いた研究所の入り口でも固まる彼女をヴァレリーが色々と慰めている。 そして、何度かやりとりがあった後、ようやく、彼女は足を動かせ始めた。 あの頃と…2000年前、それぞれが別れたあの時から外見上はまったく変わっ ていない彼女。 多少の違和感は、恐らく自分が彼女より大きくなったからだろうか。 恐らく自分の方がもう彼女の年齢を追い越してしまっただろう。 いや、クレヴァニールでさえ、そうだ。 しかし……。 彼女は本当にあんなに小さかっただろうか…。 いつも見上げる存在でしかなかった少女だったが…それを除いたとしてももっと こうメンタルな部分で大きな存在であったように記憶している。 そう、例えていうなら、「姉」のように大きく包み込んでくれる包容さを持った 存在。 「……何があった、フレーネ…?」 だが、覚醒めたばかりのルイン・チャイルドは、必ず研究所で検査がなされ適応 した基地へ配属されてしまう。 それまでは、同じ建物にいようとも余程でない限りは接触が断たれてしまうのだ。 いくらラインファルツ基地で名を馳せる自分ともいえど、そう勝手は許されない。 彼女に聞きたいことは山ほどあるが、自分とも接触できないということは彼との接 触もこれ以上はないということだ。 それは、大変ありがたいことである。 そう、皮肉にも……だ。 ここに、この軍にいれば、嫌顔でも遺跡に触れることになる。 そうなれば、いずれ失われたフレーネの記憶も……そして自分達の中に眠る真実の 言霊に気がつく日がくるだろう。 しかし、それはもっと先の事でいい。 自分が、全てを終わらせたその後で…………いいのだ。 だから……。 「今は眠れ、ユリエル。」 死の間際には昔の記憶が走馬灯のように蘇ると言ったのは誰であったろうか……。 全身の痛み……まるで内側から引きちぎられそうな例えようのない痛みに目を開いた。 痛みが見せる幻覚だろうか、懐かしい瞳が悲しげに自分を見下ろしている。 「ブリュン……!」 遠くから、あの時と変わらない声があの時と変わらない呼び方でフレーネが悲鳴 をあげている。 記憶が戻ったのか……? だが、それを確認出来るほど、もう自分には時間は残されていなかった。 フレーネのアストラル・パワーを全て取り込み、持てる反アストラル・パワーを 全開にしてアキエルに何度も体当たりしたせいでとうに人間の肉体は限界を超え てしまっていたのだ。 全身からごぼり…と溢れる血が止らない。 「どうやら、……俺もここまでのようだ。」 ぼんやりと霞んだ視界を埋める朝焼けの色にそっと手をのばしてみる。 それは幻覚ではなかったようで、色の薄いその頬をそっと包み込む事ができた。 出来れば、最後まで守ってやりたかった……。 一番幼かった、研究施設という無機質で醜悪な小さな世界しか知らなかった子供。 実験体(モルモット)としてしか生きられなかった子供。 だから、真実には近づいて欲しくはなかったのに……運命は変えられぬというこ となのだろうか? 「最後だから話しておく。」 自分の中のユリエルの言霊をお前に託しておこう。 人間を愛し慈しんだ天使の引き裂かれた魂の一部を、全て。 そして、いつの日か、お前は気付いてくれるだろう。 俺がとった行動に何の意味があったのか。 お前ならきっと気付いてくれるだろう。 俺たちが秘めたあれを手にする時、きっとお前も思い出す。 <心配するなよ。俺たちも大人になったら、姉ちゃんも怒ったりしないよ……多分。> 「……頼んだぞ……弟よ……。」 禁じていた想いをやっと解くことが出来る。 クレヴァニール……、一度でいいから抱き締めたかった。 ルイン・チャイルドがデュルクハイムの強制収容所で人体実験を受けているとい う情報をヴァルカニアで掴んだときも本当はすぐに救けに行きたかったのだ。 しかし、それは出来ぬ事であった。 今までの努力を水の泡にしてしまうには、取り返しのつかないほどに色々と犠牲 にしすぎている。 だから、情報を流した。 デュルクハイム国内でもっとも信頼のおける男に、何気なくかつ確実に届くように……。 軍士官の中でも研究職上がりの異色な上官だった男。 弟とは何故かウマが合うのか、仕事以外の事でも二人で話し込んでいる姿をよく 目にしたものであった。 そして、俺はそんな男に軽い嫉妬を覚えた。 自分で決めた事とはいえ、本来ならああやって笑い合える相手は自分だったはず だと、身勝手ながらもそう思っていた。 あの時……2000年前と同じように……。 <おい、クレヴァニール。フレーネ姉ちゃんの日記、ここに隠そうぜ。> <やっぱりやめようよ〜。それ、お姉ちゃんがすごく大事にしてるのに……。> 限界だ……。 瞼が鉛のように重くなり、ぼやけた視界が暗闇へと変わっていく。 その僅かな瞬間。 命の際ではっきりと見えた口の動きに、今まで生きてきて最も満たされた時間を迎えた。 |
| もうこれ以上のことは、何も望まない それが、闇に落ちるほんの一瞬が見せた幻だったとしても 「……お兄ちゃん?」 |
-The End- |
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